体重がどんどん増える
ここのところ、食べちゃ寝を繰り返していたせいで、わたしの体重はみるみる増えていった。
「むぅにぃ、あんたったら、そんなに太っちゃって!」久しぶりに会った中谷美枝子がびっくりした顔をする。
「だって、寒くなってきたせいか、お腹ペコペコでさあ」わたしは、テーブルのハンバーグ・ステーキをフォークで突き刺した。
「で、これみんな食べるつもり?!」ほかにも、ビーフ・カレー、ピラフ、ミート・ソース、天丼が並ぶ。
「そうだよ? だから頼んだんじゃない」
「あきれた……」そう言って肩をすくめる。「そのうち、ブタみたいにブヨブヨになっちゃうからね」
「別にいいよ。お腹いっぱい、食べられるんだったら」
少なくとも、その時は本心だった。あとのことなど、どうだっていいや。
明くる日、体重計が壊れた。乗っただけなのに。
「きっと、寿命だったんだ」そう、自分に言い聞かせる。踏みつけたところが、足形にベッコリとへこんでいた。最近のヘルス・メーターは作りが雑にできている。
体重が量れなくなったおかげで、もう重さのことを気にしなくてすむようになった。
「存分に、好きなだけ食べられるぞ」かえって、都合がいい。
さっそくピザ、オール・トッピングを注文する。もちろん、Lサイズで!
店が近いので、出来上がるとすぐに配達してくれる。
「こんにちはーっ、ピザ屋です」
「はーい、待ってました。もう、腹ぺこで死にそうっ」そう言って受け取る。具材がどっさり載っているので、ずっしりと重い。
代金を払い、キッチンのテーブルへ持っていく。箱を開けると、チーズとオリーブオイルの香りがふわっと広がった。
ティッシュで手と口を拭きながら、わたしは1人つぶやく。
「さあて、前菜は済んだ。何を食べに行こうかなっ」モール内のオムレツ屋にするか、それともエスニックも悪くない。
ファンシー・ケースから、今週になって3度も買い替えたコートを出す。ああ、これもそろそろきつくなってきたなぁ。帰りにでも、新調しなくちゃ……。
パンパンになって着られなくなった服を横目に、わたしはふうっ、と溜め息をつく。
けれど、食べることはやめられない。
その夜、わたしは夢を観た。木登りをしているところだった。
枝の先では、おいしそうなランチ・ボックスがいくつも実っている。
「あれとこれと、そっちのもおいしそう。全部、もぎり取ってやる!」
細い枝を伝っていって、手を伸ばした。あと、ちょっとで届く、といったところで、ボキッと枝が折れてしまう。
「わっ、落ちる!」ハッと目が醒めた。
なんだ、夢か。わたしはホッとして辺りを見渡す。妙に部屋の中の視点が低い。なんと、ベッドの足が4本ともポッキリと折れてしまっていた。
「まさか、これって体重のせい?」今さらながら、まずいぞ、と思い始める。
携帯をつかむと、中谷に電話をした。
「もしもしっ!」
「朝早くからどうしたの、むぅにぃ?」今まで眠っていたらしく、不機嫌そうな声だ。
「太り過ぎちゃったみたい」単刀直入、そうわたしは告げた。
「知ってる。この間見たもん」
「もっともっと、太ったんだってば。どうしようっ!」
「だからあっ」中谷はうんざりしたように言う。「食べすぎるとブタになるって言ったでしょ? 自分が悪いんじゃないの」
「うん、わかってる……。ね、ダイエットの本とかない? すぐっ、今すぐに痩せられるやつっ」わたしは必死ですがった。
「ばかね、そんなものあるわけないでしょ」それが中谷の返事だ。「とにかく、食べるのを控えて、運動をする。これしかないよ」
そうだ、前に買った縄跳びの紐があった。あれは運動になるぞ。
さっそく紐を物入れから引っ張りだした。買ってから数回しか使わなかったので、ほとんど新品のままである。
トレパンも出してみたけれど、こちらは「元のサイズ」用のままだったので、どうやっても入りそうになかった。
仕方がないので、一昨日買い換えたばかりのパジャマでやることにする。
「冬用の生地だから、遠目にもパジャマだってわからないだろうし」
首にタオルを巻き、紐をぶら下げて庭へ出る。12月も中旬、木枯らしが吹いていて寒いはずなのに、ぶ厚い脂肪が天然の防寒着となって、ほとんど応えない。
「じゃあ、やりますか」自分に号令をかけ、縄を回し始める。
体が重くて、跳び上がるのがひどく、おっくうだ。跳んだつもりで、実は足が地から離れておらず、縄が絡まることもしばしば。
それに、息が上がること、上がること!
けれど、痩せなくちゃ、という決心がわたしに活力を与え続けた。
「1つ、ヒバリは雲の上~、広い茶畑、麦畑~……」
体が慣れてきたのか、だんだんと楽になる。この調子で毎日励めば、そのうちに痩せるはず。
「あのー」垣根越しに話しかけられた。顔を上げると、近所の人が大勢集まってこちらを覗いている。
わたしは跳ぶのを止め、
「おはようございます。何かあったんですか?」
「とっても言いづらいんですけど」お向かいの奥さんが、申し訳なさそうな顔をする。「朝から飛び跳ねるのをやめてもらえませんか。3丁目中、ドスン、ドスンと響くので、みんな迷惑してるんです」
わたしって、そんなに太っていたのか!
跳ね疲れたのとショックで、そのままゴロンと倒れてしまいそうだった。