新しくできたモールへ行く
町内にある、大きなショッピング・モール。できてからだいぶ経つのだが、まだ1度も行ったことがなかった。
「どんな様子か、ちょっと見てこよう」そう決心し、自転車を走らせる。
敷地が広いので、それぞれの方面にゲートが儲けられていた。わたしの住む場所からだと、Fゲートがもっとも近い。
中へ入ろうとすると、自動ドアの両側に立つ警備員が、さっと通せんぼをする。
「会員証をどうぞ」
「は?」わたしは面食らった。どこのショッピング・センターでも会員制度はあるけれど、カードを見せるのはレジで支払う時だ。まさか、入り口で求められるなんて。
「会員証がなければ、お通しすることはできません」警備員は、腰のホルスターに手を伸ばす。無理にでもと言うのなら、コイツが黙っちゃいないぞ――暗に脅しているのだ。
「今日が初めてで、会員にもなってないんです」わたしは白状する。
「そうですか。では、仕方がありませんね。入店はご遠慮願います」
すると、もう1人の警備員が口添えをした。
「いや、待て。不況の続く昨今、1人でも客の入りがあったほうがいい。事後手続きで会員になってもらう、ということにしたらどうだ」
「そうだな……」わたしを突っぱねた方が考え込む。「いいだろう。会員審査を行うことにしよう。合格したら、入会だ」
5分ばかり待たされる。その間、2人はあちら向きで何やら書き物をしていた。ああでもない、ここでもない、と意見をぶつけ合っている。
「さて、と」警備員はそろって向き直り、メモ書きをわたしに渡す。「ここにあるリスト通りに買い物をしてきて下さい。時間は閉店までとします。無事、買い物が終わったら、受け付けに寄って、会員カードを作ってもらうように」
メモに目を通す。
〔タマネギ、生姜、ニンニク、カレー粉、コリアンダー、チリパウダー、強力粉、バター、チキン〕
「何これ、チキン・カレーのレシピじゃん」わたしは言った。
「よくおわかりで。夕食はそう、チキン・カレーにしていただきます」
人んちの献立にまで口を挟まれたくないなぁ。とは言ったものの、この審査をパスしないと、モールの会員にはなれないのだ。
「わかりました。買ってきます」しぶしぶと従う。
「では、お入り下さい」警備員は道を空けてくれた。ようやく、中へと入れる。
店内は広々としていて、しかもごった返していた。まるで、駅前の繁華街にでも来たようだ。
「あら、むぅにぃちゃん。あんたもここの会員になったの?」お向かいの奥さんだ。このところ、近所のスーパーや商店街で会わないと思ったら、こっちにばかり来ていたのか。
「いえ、今、会員審査中なんです」わたしは答えた。
「あ、リストをもらって買い物をするっていうやつ?」
「ええ、それです。チキン・カレーなんですけど」
奥さんはほっほっと笑う。
「うちの時は、オマールエビの蒸し焼きとリングイネだったわねえ。ほら、そういった食材だと、以前通っていたスーパーなんかじゃ、なかなか揃わないでしょ? でも、ここのモールならねえ。お代は10万円を超えちゃったけど、それは仕方ないわ。まあ、審査試験、がんばんなさいな」
そう言って去って行った。買い物カゴには、高そうな牛肉がこれ見よがしに放り込まれている。
ひょっとして、ここに入っている店は、高級食材ばっかりなのかなぁ。なんだか不安になってきた。
「よっ、むぅにぃじゃねえか」今度は、幼なじみの桑田孝夫だった。
「桑田もここの会員だったの?」驚きを隠せない。
「まあな。ここ、食いもんが安いからさ」
もしかして、桑田って金銭感覚が変なのかもしれない。給料前でお金がないと言いながら、ステーキ・ハウスとか平気で入っちゃう人だし。
「何を買ったの、そんなにいっぱい」わたしは聞いた。カゴは袋物で溢れ返っている。
「これか?」そう言ってカゴを見せてくれた。麩菓子、ガム、ラムネなど、駄菓子ばっかり詰め込まれていた。
「そんなものばっかり食べてると、体に悪いよ」
「いいじゃねえかよ。それに、一気に食ったりはしねえって。ちゃんと、3度の飯の後につまむんだ。これがまた、ビールに合うんだぜ」
「それにしても買い込んだね。何千円にもなるんじゃない?」
「いや、前にも同じだけ買ったけど、100円で釣りが来たぞ」
いったい、このモールはどうなっているのだろう。
「ねえ、桑田。ここって、高いの? それとも安いの?」わたしは混乱してきた。
「服とかは安いぞ。しもむらとあまりかわらん。靴は……これは普通かな」
「野菜は? これからチキン・カレーの具材を揃えなきゃならないんだけど」
「野菜はただみてえなもんだ」桑田が断言する。「さっき見たら、タマネギが一山、3円だった」
「そりゃあ安いよねっ」本当に捨てるような値段だ。
「ただし、カレー粉は高かったぞ。一箱、5千円近かったなあ」
「やっぱ、香辛料にいい物を使ってるのかな」
「どこにでもある、市販のルーだったけどな」
こりゃあ、うかつに選べないぞ、とわたしは思った。レジに持っていったら、何万円と請求されるかもしれない。何が高くて、何が激安なのか、素人のわたしでは見当もつきやしない。
「桑田、悪いんだけど、買い物するの付き合ってくれない? どこで何を買ったらいいか、まるでわからないんだよね」わたしは頼んだ。
「なんだ、お前。さては今日が『初めてのお使い』だな? いいぞ、ついてってやる。その代わり、チキン・カレー食わせろよ?」
ふう、助かった。これからこのモールに通うのだ。1日でも早く、雰囲気に慣れなくっちゃ。