大きな小学校
「やばい、やばい、やばい!」トーストをくわえながら家を飛び出した。
わたしの名前はむぅにぃ。この春、小学4年生に上がったばかり。
今日の日直はわたしなのに、うっかり寝坊をしてしまった。
「なんで起こしてくれなかったのさっ」おかあさんに文句を言うも、
「何度も起こしたわよ。ちっとも起きやしない。自分が悪いんじゃないの!」
逆に怒られてしまう。
そんなわけで、いま必死に走っているところだった。
学校まで歩いても3分。そう、たったの3分で校門へと着く。
問題はそこからだ。
4年1組へはバスが通っている。そのバス停が校門からめちゃ遠いのだ。
「7時ちょうどの便に乗れないと、確実に遅刻しちゃう。えーと、家を出たのが6時半ぐらいだったから、全速力で行けばなんとか間に合うはず」パンの残りを飲み込むと、バス・ターミナルを目指す。
東京ドーム3個分の校庭を突っ切り、バス・ターミナルへと突入した。
だだっ広いバス・ターミナルのS42停車場を目指す。
何百台ものバスが行き来していた。横断歩道を渡ったり陸橋を上がったり、地下連絡通路をくぐらなくてはならない。
ふだんの日でも道順を間違えることがあった。時間のないいま、それは許されない。慎重に進まなくては。
「まずは直進、2つ目の歩道を左に渡って、それから最初の陸橋を渡らなきゃね」ターミナル内は駆け足厳禁なので、急ぎ足で歩く。
陸橋を上がろうとすると、低学年の集団登校の列にぶつかった。幅いっぱいになって歩くので、追い越すに追い越せない。
低学年のクラスはずっと近い距離にあるため、のんびりとしたものだった。
「いいなぁ、おちびさん達は」前後を挟まれながら、やきもきとした気持ちで階段を上がる。「バスに乗っても、10分かそこらで着くんだもんね。4年生なんて、50分もかかるんだよ、50分! 7時のバスに乗って8時に到着。そこからクラスまで5分。予鈴が鳴る時間じゃん」
やっとのことで歩道橋を渡り終え、ダッシュで走った。100メートル先の地下連絡通路を駆け下りる。
地下連絡通路はところどころ枝分かれになっていて、行き先が番号で示されていた。
14番出口で地上に上がらなくてはならない。これを間違えると、とんでもない場所に出てしまうのだ。ミスってはいけない。
「あった、あった。ここだ」お目当ての出口を見つけ、息を切らしながら階段を上る。
ほんの数分、地下に潜っていただけだが、太陽の光がまぶしく感じられた。
「ふう、やっぱりシャバの空気はうまいなぁ」
ここからは、ひたすらまっすぐだ。ずっと向こうのほうにS42停車場が見えた。
ポケットからスマホを出して時間を確認する。6時58分。やれやれ、なんとか間に合いそうだ。
「やべえ、やべえっ!」傍らを桑田孝夫が駆け抜けていく。内心、ああ、またかと思った。桑田は遅刻の常習犯なのだ。
「ほんと、しょうがないなぁ」あきれつつも、そのあとを追う。
停車場では、前扉を開けたままのバスが停車していた。前を走っていた桑田が飛び乗る。数秒遅れて、わたしも乗り込んだ。
(セーフ!)わたし心のなかで叫ぶ。桑田は最後尾の席で、大股を開いて座り込んでいた。
その隣に腰を下ろすと、桑田に声をかける。
「おはよう、桑田。今日は遅刻しなかったね」
「お、むぅにぃ。おはよう。ああ、危なかったがな。今日も遅刻だったら、先生に何を言われるかわからなかったぜ」そう言って胸をなで下ろした。
ドアが閉まり、バスが走り出す。
「ところでさ」桑田が怪訝そうにわたしを見た。
「なに?」
「おまえ、なんでこのバスに乗ってんの?」
「え?」
「え? じゃねえよ。これ、2組行きのバスだぞ。おまえ、1組じゃねえか」
「あっ……」
そうだった。4年生になってクラス替えがあり、桑田とは別になったんだった。
2組から1組までは遠い。バスを乗り換えても、3時間はかかるだろう。
「ほんと、おまえってしょうがねえやつだなあ」桑田はそう言って肩をすくめた。