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胃袋サービス

 中谷美枝子は甘いものに目がない。駅前に新しいケーキ屋ができたと聞けば、その足で走りだす。ついでに、全種類買って帰るのだった。

 そんな中谷の悩みは、

「ねぇねぇ、むぅにぃ。胃袋って、なんで容量が決まってるのかしらね。制限がなければ、いくらでも食べられるのにさ」

 あきれて、しばらくものが言えなかった。

「ふつう、ケーキをそんなに食べないよ」やっと口がきけるようになったわたしは、そう返す。「この間だって、喫茶店でパフェを5杯もおかわりしてたよね。容量が決まってるって言うけどさ、それだけ入ればたいしたもんだと思うなぁ」

 けれど、中谷は不服そう。

「おいしいものは、もっともっと食べたいじゃない。でも、おなかがパンパンになって降参しちゃうのよ。悔しいなあっ! 甘いものを食べているときが1番の幸せなのに。でも、至福の時間って、ほんとうにつかの間なのね」


 それが3日前の話である。

 日曜日の午後、わたしはぼんやりとテレビを観ながら過ごしていた。スマホに着信がある。木田仁からだった。

「なあ、むぅにぃ、知ってるか?」唐突に話し出す。

「さあ」わたしは即答した。だって、まだ何も聞いてないのだから。

「あのな、面白いサービスが始まったんだってさ。『ストマック・クラウド』っていうんだ。うん、以前から話題にはなってたんだ。いよいよ一般会員の募集が開始されてね」

「それって、どんなサービスなのさ。また、ヘンテコなのじゃないよね」釘を刺す。木田は大変な凝り性で、いつも怪しげな趣味を見つけてくるのだ。

「まあ、聞けって」と木田。「人間の胃袋ってのはさ、容量に限界があるもんだろ? 誰だっておいしいものを際限なく食べたいのにさ、それができないんだ。けど、上限が格段に拡張できたらどうだい?」

「言ってることがわからないんだけど」頭の上を?マークがふわふわと舞っている気がする。


「つまりだ。胃袋の拡張サービスってわけ。ほら、ネットでもデータを保存しておけるクラウドサービスってのがあるだろ。あれと同じさ。胃袋センターに人工胃袋が置かれていて、食べた分がそこに入るのさ」

「ますますわからない。食べたものは自分の胃袋にはいるもんでしょ?」わたしは困惑した。

「うーん、詳しい仕組みはさっぱりだけど、量子理論を応用したものらしい。なんだっけかな、量子テレポーションとかなんとか。とにかく、レンタル胃袋に食べたものがどんどん放り込まれるみたいだ」

 量子理論と言われると、どんな妙ちくりんなことも納得してしまうから不思議である。

「高いんでしょ、どうせ」興味はあるけれど、先立つものが乏しかった。

 木田は、よくぞ聞いてくださったとばかりに声色を変える。

「それがさ、あんがい庶民価格なんだよな。1リットルにつき、月100円からなんだって。24時間で消化するので、毎日プラス1リットル分食べられるのさ。もちろん、上限なんかないんだ。10リットルでも20リットルでもオーケーさ。どうだい、すごくないか」


 電話が終わって、はたと思いだす。

「そういえば、中谷が言ってたっけ。胃袋の容量を増やしたいって。教えてあげたら、きっと喜ぶだろうなぁ」

 さっそく、中谷に連絡した。

「もしもし、中谷? いまね、耳寄りな情報を聞いたんだけど……」木田から聞いた話を、そっくり聞かせる。

「ほんとっ?!」思った通り、うれしそうな悲鳴が上がった。「加入するっ。そのサービスに絶対入りたいっ!」

 わたしは、木田から聞いた電話番号を伝える。

「うんうん、わかった。ここにかければいいのね。いますぐ加入する。ありがとう、むぅにぃ。じゃ、またね――」慌ただしく切れた。無理もない。夢にまで見た「拡張」サービスなのだ。

 わたしも入会しようか、どうしようかと迷ったが、せっかく食べたものが血肉にもならずムダな気がしてやめた。


 1週間ほど経ち、中谷とファミレスに行く機会があった。

「どう? 例のサービスは満足してる?」わたしはたずねる。

「うん、最高っ。だって、むぅにぃ。いくらでも食べられるんだから! もちろん、ふつうの食事はちゃんと自分の胃袋に納めてるのよ。間食のときだけ切り替えて、レンタル胃袋に流し込むわけ。どんだけ食べてもへっちゃら。ストマック・クラウド様々よ」

「聞いてもいい? 毎日、お菓子をどれくらい食べてるの」見たところ、体型は変わっていないようだった。

「そうねえ、10号のホールケーキなら30個くらい、ショートケーキだったら、軽く200個は食べるかしら。まだまだいけるんだけど、お店の在庫にも限りがあるのよ。近いうちに、工場と直接契約するつもり」

 聞いているだけで胸焼けがしてくる。ふつうの胃袋だったら、とっくにパンクしている。それ以前に、糖分の取り過ぎで体を壊しているはずだ。

 食べた分、人工胃袋に送られているのは間違いなさそう。

「いったい、何リットル分レンタルしたのさ」わたしは聞いた。

「えーとね、最初は10リットルだったわね」

「いまは?」

「すぐに足りなくなって――というか、自分の胃袋がいっぱいになっちゃったんで、思い切って月300リットルに増やしてもらったわ」

 レンタル料が毎月、3万円。ホールケーキ30個かける30日分かぁ。

 経済的にも底なしだなぁ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] レンタル胃袋! 内臓が自分の体とは別個にあるなんて、なんだか落ち着かない気もしますが、おいしいおやつがいくらでも食べられるなら…と、ちょっと惹かれてしまいますね。 それにしても中谷さんは、素…
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