人生ゲーム
ゴールデンウィーク明け最初の週末、わたしはぶらっとカトーヨッカドーに入る。連休中は激混みだとわかっていたので、近寄りもしなかった。
ここの2階には怒濤流というお気に入りの喫茶店がある。そこでミラノサンドXとアイス・カフェモカを頼むのがわたしの楽しみなのだ。
思った通り、今日は店内ががらがらだった。足取りも軽くエスカレーターに乗り込む。
アカチャンポンポンの前を通りがかったとき、後ろ姿に見え覚えのある人影を見つけた。わたしは駆け寄り、
「なーかたにっ!」と肩を叩く。
「あ、むぃにぃ、偶然ね。ちょうどよかった、怒濤流で一息ついてかない?」中谷美枝子が言った。
「うん、これから行こうと思ってたとこ。今日は買い物?」
「そういうわけでもないんだけど、ゴールデンウィークは旅疲れしちゃって、地元でのんびりしたかったんだ」
そういえば北海道へ行くって言ってたっけ。不精者のわたしはといえば、連日、家でゴロゴロしていただけだった。
怒濤流に入ると、まずわたしは窓側の席を確保する。それからカウンターへと取って返し、いつものようにミラノサンドXとアイス・カフェモカMサイズを注文した。
「あんた、いつもそれね」横目でわたしを見ながら中谷が言う。その中谷も、来るたびにシュリンプサンドとアイス・ダージリンティーだった。
「自分こそっ」ぼそっとつぶやく。
わたし達はそれぞれ自分のトレーを受け取り席へ着いた。窓を横に向かい合って座る席で、お気に入りだった。外を見下ろすと幹線道路が真っ直ぐに伸び、色も形もさまざまなクルマがスムーズに流れている。
「今日は天気がいいから、遠くに富士山が見えるね」と中谷。実際、雲一つない空だった。
「昼間でも木星や土星は見えるんだってさ。ちゃんとした望遠鏡を使えばの話だけど」先だって雑誌で読んだ記事を思い出す。あんなに晴れ上がっているのに、惑星が観測できるなんて不思議だ。
「へー、そうなんだ。でもさ、考えてみたら、昼だからって星が消えるわけじゃないんだよね。あの青空の向こうには、ちゃんと宇宙が広がってるんだもんね」
わたしはミラノサンドXにかぶりつく。生ハムとチーズの絶妙な味が口の中で広がった。
「豪快にいったね、むぅにぃ」中谷は笑いながら、自分のシュリンプサンドを手にする。「ハムもいいけど、あたしはこれ。エビのプリプリ感がなんともいえないっ」
アイス・カフェモカにストローを差し、たっぷりとのった生クリームをすくい取って舐めた。そっとかき回し、2口、3口飲む。冷たくて甘くて、最高においしいっ。生まれてきてよかった。
中谷もアイス・ダージリンティーに手をつける。ストローをズズッといわせながら喉をうるおしていた。
ささやかながら至福の時間。こんな瞬間がこれからも、何度となく訪れるに違いない。わたしはミラノサンドXに囓りついた。
また一緒に怒濤流へ来たいね、そう伝えようと口を開きかけたとき、空に赤い閃光が走った。
「えっ、なに?!」わたしは光のほうを凝視する。燃える火の玉がゆっくりと空を降りてきた。
「ね、ねっ! あれって隕石じゃないの?!」中谷も顔をこわばらせる。店内の客がざわめき始めた。店内に流れていたソフト・ミュージックが突然止まり、慌ただしく館内放送に変わる。
〈政府からの発表によりますと、直径10キロメートルの小惑星が地球に衝突するとのことです。10秒後に地球上の生物は完全消滅します――〉
わたしは中谷のほうを振り返った。
中谷は肩をすくめ、仕方ないよね、とでもいうようにかすかな微笑みを浮かべる。
次の瞬間、すべてが白い光に包まれた……。
カプセルの蓋が開き、わたしはゆっくりと体を起こす。端が見えないほど広い部屋の中、わたしの入っているものと同じカプセルが整然と並んでいた。
「戻ったね、むぅにぃ」隣から声がして振り向くと、中谷がわたしを見ている。「またボーッとしてた? あんた、『人生ゲーム』から目覚めるといつもそうだよね」
すーっと波が引いていくように、わたしはすべてを思い出した。
そうだった。わたしが今さっきまでいたのは「人生ゲーム」と呼ばれる仮想空間なのだ。これまでにも数え切れないくらい体験してきた。何億回、何兆回、もしかしたらもっと。
わたし達のいるこの世界では不老不死が実現していた。それは同時に「死にたくても死ぬことができない」ということを意味している。これから先、永遠に存在し続けなくてはならないのだった。
永遠は長い。あまりにも長いので、退屈でどうしようもなくなる。そこで考え出されたのが、かつて存在した「宇宙」をシミュレーションし、そこで命に限りある人間だった頃を仮想体験する、という娯楽だった。
「今回のは唐突な終わり方だったね、中谷。あんまりリアルだったんで、本当のことかと思っちゃった」
「そんなわけないじゃん。あたし達の『本当』はこの世界だし、これからもずっとずっと続くんだもん。終わりなんかないのよ」