表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
224/234

人生ゲーム

 ゴールデンウィーク明け最初の週末、わたしはぶらっとカトーヨッカドーに入る。連休中は激混みだとわかっていたので、近寄りもしなかった。

 ここの2階には怒濤流というお気に入りの喫茶店がある。そこでミラノサンドXとアイス・カフェモカを頼むのがわたしの楽しみなのだ。

 思った通り、今日は店内ががらがらだった。足取りも軽くエスカレーターに乗り込む。

 アカチャンポンポンの前を通りがかったとき、後ろ姿に見え覚えのある人影を見つけた。わたしは駆け寄り、

「なーかたにっ!」と肩を叩く。

「あ、むぃにぃ、偶然ね。ちょうどよかった、怒濤流で一息ついてかない?」中谷美枝子が言った。

「うん、これから行こうと思ってたとこ。今日は買い物?」

「そういうわけでもないんだけど、ゴールデンウィークは旅疲れしちゃって、地元でのんびりしたかったんだ」

 そういえば北海道へ行くって言ってたっけ。不精者のわたしはといえば、連日、家でゴロゴロしていただけだった。


 怒濤流に入ると、まずわたしは窓側の席を確保する。それからカウンターへと取って返し、いつものようにミラノサンドXとアイス・カフェモカMサイズを注文した。

「あんた、いつもそれね」横目でわたしを見ながら中谷が言う。その中谷も、来るたびにシュリンプサンドとアイス・ダージリンティーだった。

「自分こそっ」ぼそっとつぶやく。

 わたし達はそれぞれ自分のトレーを受け取り席へ着いた。窓を横に向かい合って座る席で、お気に入りだった。外を見下ろすと幹線道路が真っ直ぐに伸び、色も形もさまざまなクルマがスムーズに流れている。

「今日は天気がいいから、遠くに富士山が見えるね」と中谷。実際、雲一つない空だった。

「昼間でも木星や土星は見えるんだってさ。ちゃんとした望遠鏡を使えばの話だけど」先だって雑誌で読んだ記事を思い出す。あんなに晴れ上がっているのに、惑星が観測できるなんて不思議だ。

「へー、そうなんだ。でもさ、考えてみたら、昼だからって星が消えるわけじゃないんだよね。あの青空の向こうには、ちゃんと宇宙が広がってるんだもんね」


 わたしはミラノサンドXにかぶりつく。生ハムとチーズの絶妙な味が口の中で広がった。

「豪快にいったね、むぅにぃ」中谷は笑いながら、自分のシュリンプサンドを手にする。「ハムもいいけど、あたしはこれ。エビのプリプリ感がなんともいえないっ」

 アイス・カフェモカにストローを差し、たっぷりとのった生クリームをすくい取って舐めた。そっとかき回し、2口、3口飲む。冷たくて甘くて、最高においしいっ。生まれてきてよかった。

 中谷もアイス・ダージリンティーに手をつける。ストローをズズッといわせながら喉をうるおしていた。

 ささやかながら至福の時間。こんな瞬間がこれからも、何度となく訪れるに違いない。わたしはミラノサンドXに囓りついた。


 また一緒に怒濤流へ来たいね、そう伝えようと口を開きかけたとき、空に赤い閃光が走った。

「えっ、なに?!」わたしは光のほうを凝視する。燃える火の玉がゆっくりと空を降りてきた。

「ね、ねっ! あれって隕石じゃないの?!」中谷も顔をこわばらせる。店内の客がざわめき始めた。店内に流れていたソフト・ミュージックが突然止まり、慌ただしく館内放送に変わる。

〈政府からの発表によりますと、直径10キロメートルの小惑星が地球に衝突するとのことです。10秒後に地球上の生物は完全消滅します――〉

 わたしは中谷のほうを振り返った。

 中谷は肩をすくめ、仕方ないよね、とでもいうようにかすかな微笑みを浮かべる。

 次の瞬間、すべてが白い光に包まれた……。


 カプセルの蓋が開き、わたしはゆっくりと体を起こす。端が見えないほど広い部屋の中、わたしの入っているものと同じカプセルが整然と並んでいた。

「戻ったね、むぅにぃ」隣から声がして振り向くと、中谷がわたしを見ている。「またボーッとしてた? あんた、『人生ゲーム』から目覚めるといつもそうだよね」

 すーっと波が引いていくように、わたしはすべてを思い出した。

 そうだった。わたしが今さっきまでいたのは「人生ゲーム」と呼ばれる仮想空間なのだ。これまでにも数え切れないくらい体験してきた。何億回、何兆回、もしかしたらもっと。


 わたし達のいるこの世界では不老不死が実現していた。それは同時に「死にたくても死ぬことができない」ということを意味している。これから先、永遠に存在し続けなくてはならないのだった。

 永遠は長い。あまりにも長いので、退屈でどうしようもなくなる。そこで考え出されたのが、かつて存在した「宇宙」をシミュレーションし、そこで命に限りある人間だった頃を仮想体験する、という娯楽だった。

「今回のは唐突な終わり方だったね、中谷。あんまりリアルだったんで、本当のことかと思っちゃった」

「そんなわけないじゃん。あたし達の『本当』はこの世界だし、これからもずっとずっと続くんだもん。終わりなんかないのよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ