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桑田、落とし物をする

 ロイヤルホストクラブで昼ご飯。

 隣には中谷美枝子、向かいには桑田孝夫と志茂田ともる。

「なんにするかなあ」桑田がメニューに目を落としながらつぶやいた。

「どうせまた、デミグラ・ハンバーグでしょ」と中谷はいくらか冷えた視線を投げかける。

「では、わたしはチキンカレー」志茂田が言うのを聞いたわたしは即座に、

「志茂田ってチキンカレーだったんだ。今度から志茂田のことチキンカレーって呼ぼうよっ」とはやし立てた。

「まーた、あんた。そんな今どき幼稚園児も言わないようなことを」中谷の厳しい視線が桑田からわたしへと移る。

「まあまあ、いいですよ。チキンカレーと呼ばれても」さすが志茂田は大人だ。


 たっぷり5分は悩んだすえ、わたしはポーク・ソテー、中谷は3辛ビーフカレー、志茂田はチキンカレー、そして桑田はやはりデミグラ・ハンバーグに決まる。

「でさ、この間行った東方神器のライブね。すっごい熱気でさあ」いまだ興奮冷めやらぬといった様子で中谷が早口にまくし立てた。

「わたしが最近行ったものといえば、モニク・アースのピアノ・リサイタルくらいでしょうか。あの人のドビュッシーは逸品ですよ」

「音楽なんか、おれはCDでいいや。面倒だろ、あんな人が大勢いるとこなんかわざわざよ」桑田は鼻を鳴らす。

「音楽会だって。今どき小学生だってそんな言葉使わないよ、桑田」わたしはできるだけ嫌みったらしく言ってやった。

「いいだろ、別に」桑田は気に留めるふうもない。


 とりとめのない話をしているうちに注文の品が届いた。

「うーん、まあまあの辛さかな」スプーンでカレーを口に運んだ中谷がつぶやく。「5辛でもいけたかも」

「中谷、そんなに辛いものばっか食べてるとベロがばかになるよ」わたしは忠告した。

「むぅにぃ、そういうお前こそ甘いものばっかり食ってると、ガキになるぞ」さっきの仕返しか、桑田がヤジを入れてくる。

「中谷君は辛いものが得意なのですねえ。わたしはちょっと苦手ですよ。まあ、食べられないわけではないのですがね」志茂田は自分のカレーをすくって食べ、満足そうにうなずいた。


「今度、カニ食べに行かない? この近くにカニ食べ放題の店ができたんだって」わたしは思い出して言う。

「カニねえ……。あれって、食べてる間みんな無口になるんだよねえ」中谷は3辛カレーを水でも飲むようにさくさく食べ進みながら洩らした。

「カニは好きだけどよ、殻をむくのが面倒でなあ」桑田も乗り気ではなさそうだ。「誰かがそばで身をほぐしてくれるんならいいけどな」

「自分で殻を外すのもおいしく食べるコツですよ、桑田君」

「うんうん、志茂田の言う通りだよ、桑田君」

「……この野郎」


 食後のドリンクがやって来る。

 わたしはアイスカフェモカ。生クリームがたっぷりのっている。中谷はホットミルクティ、志茂田はブレンドコーヒーをブラックで、桑田はコーラだった。

「それって、思いっきり苦くない?」わたしは志茂田のすするコーヒーをじっと見つめる。

「むぅにぃ君、そんな気の毒そうな目をわたしに向けなくても……」困惑する志茂田。

「お前も飲んでみ、むぅにぃ。ブラックも意外とうまいんだぞ」

「なら、あんたも頼めばよかったじゃないの」中谷が桑田に一撃食らわせた。

「いや……。今日はコーラって気分でよ」


 30分くらい雑談を楽しんだあと、さあ店を出ようということになった。

「あ、おれ、ちょっと便所」桑田がすっと席を立つ。

 桑田がテーブルに戻ってくると、志茂田はさりげなくレシートを取り上げた。

「今日はわたしの奢りということで」

「えー、そんなの悪いよ」と中谷が言う前にわたしは、

「あ、ごちそうさま!」と言ってしまったのでバツの悪い思いをする。

 そんなわたしを気遣ってか、「いいですよ、遠慮せずに」と志茂田。

「そんじゃ、次はおれが出すな」桑田がうまく締めてくれた。


 店を出てしばらく歩いたところで、桑田がなにかもじもじしているのに気づく。ポケットの奥の方に手を突っこみ、しきりに何か探していた。

「どうしたの?」思わず声をかける。

「ああ、それがな……」

「忘れ物でもしましたか?」志茂田が尋ねた。

「いや、落としたらしいんだ」ぽそりと一言。

「大事なもの?」と中谷。

「ああ、すっげえ大事なもんだ」

「何を落としたっていうのさ」わたしはじれったくなった。

「タマなんだけどよう……」

「なんのタマなのよ」

「なんつうか、男のタマなんだが……」

 誰が合いの手を入れたわけでもないのに、同時に「ええっ?!」と叫ぶ。


「桑田あんた、そんな大事ものをっ」中谷は慌てて大きな声を出した。

「さっきトイレで落としたんじゃ?」わたしは言う。

「いや、トイレでは見かけたんだ。確かにあったぞ」

「それは大変なことになりましたね。取りあえず、1度店に戻って探してみましょう」

 わたし達は早足でロイヤルホストクラブへ引き返した。テーブルからレジの前、もちろんトイレの中もくまなく探す。

「ないよ。どうするの桑田。ちんちんなくなったら困るじゃん」わたしは自分のことのように不安になった。

「いや……ちんちんはあるんだ」


「ねえ、桑田。代わりに何か詰めておくんじゃダメかなあ。スーパーボールとかさ」中谷の代替案に桑田は顔を曇らせる。

「ちょっとしっくりこねえかなあ」

「そうですよねえ、モノがモノだけに」志茂田も考え込んでしまった。

「だったら、志茂田の1個貸してあげたら?」わたしは我ながら名案だと思って提案する。「だって2個もあるんでしょ」

「人のはなあ……」煮え切らない桑田。

「わたしならかまいませんよ」志茂田はズボンのベルトを外す用意をした。

「でも、そのうちに生えてくるもんなんでしょう? なら、いいじゃん。少しの間くらい辛抱したって」

 中谷のこの言葉に、一同は肩をすくめ、それもそうだなと笑い合うのだった。


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