桑田孝夫、発掘される
春が近づき、降り積もっていた雪も溶け出していた。
「暖かいから、ちょっと公園まで行ってみよっかな」わたしは赤いジャケットをはおり、足取りも軽く玄関を出る。
今日は日差しが強い。この調子だと、午後には日向の雪もすっかり消えてしまっていることだろう。
曲がり角で偶然、中谷美枝子と出くわした。
「あら、むぅにぃ。久しぶりじゃないの」
「そうだっけ? ついこの間会った気がするんだけど」とわたし。
「この間って、正月明けのことじゃない。駅前の物産展で餅撒きをしているっていうんで、一緒に行ったときのことでしょ」
「もうそんなに経つんだ」
「さてはあんた、ずっと寝てたんじゃないの?」覗き込むように言う。
「そんなことないけど……」答えつつ、そういえば何をしてたっけと首を傾げた。「たぶん、テレビばかり観てたかも。あとはゲームとかかなぁ」
「あきれた! それじゃずっと外に出てなかったっていうわけ?」
「少しは出てたよ。コンビニにお菓子を買いにとか、お使いを頼まれたりとか」
確かに中谷の言う通り、これといって用事もない限り、ほとんど出歩かなかった気がする。
「で、むぅにぃ。あんた、これからどこへ行こうっていうの?」
「中央公園まで散歩に。こんなにいい天気なんだし、ポカポカしてるからもったいないじゃん」
「じゃあ、あたしも付き合うわ。肉まんでも買って、ベンチで食べようよ」
「それいいかも。うん、あんまんも買おうっ」
わたし達はちょっとだけ遠回りをしてコンビニへ向かった。
一番近いコンビニはノーソンだ。
「いつも不思議に思うんだけど、ノーソンってなんで冬はおでんやってないんだろうね」道々、中谷が聞いてくる。
「夏は売ってるじゃん」
すると中谷はばかにしたように鼻を鳴らすのだった。
「暑い季節に売ってたって意味ないのよ。体の芯から冷える冬だからこそ、内側からあったかくしたいのにさあ」
「そういやあ、そうだね。夏場、おでんを買ってる人なんて見たことないよ」
「でしょ? 変な商売してるわよねー」
わたし達は2人そろって笑い出す。
ノーソンに入ると、雑誌コーナーに見慣れた体型の人物が立って、何やら夢中で本のページに見入っていた。
「あれって、もしかして」わたしは指差す。
「うん、志茂田だね」
確認するまでもなく志茂田ともるその人だった。
「しーもーだっ」わたしは声をかける。志茂田は我に返ったように顔を上げ、こちらを振り返った。
「これはこれはお2人とも。大変にご無沙汰しています」
「何をそんなに真剣になって読んでたのよ?」と中谷が尋ねる。
「これですか。『月刊モー』の最新刊ですよ。買うつもりでいるのですが、つい家まで待ちきれず、ちょっとばかり立ち読みを」頭を搔いて照れ隠しをした。
「あたし達、これから中央公園へ行くんだけど、志茂田もどう?」中谷が志茂田を誘う。
「いいですねえ。今日はいま時分にしては珍しくいい陽気ですし、ピザまんでも買ってベンチで食べましょうか」
うーむ、ピザまんときたかぁ。中谷が肉まん、わたしがあんまん、こうまで好みが分かれるなんて。
ついでに温かい飲み物も買っていくことにした。中谷は微糖缶コーヒー、志茂田はノーソン特製ブレンドをブラックで、わたしはホット・ミルクティ。
「あら、むぅにぃ。なんであんまん、2個も買ったの?」中谷が不思議そうに言う。
「よくわからないけど、余分に買わなきゃいけない気がしてさぁ」わたしは曖昧に返事をした。自分でもよくわからなかったのだ。
「まあ、むぅにぃ君のことです。甘いものならいくらでも入るのでしょう」皮肉でもなんでもなく、ごくごくふつうな口調で志茂田がそうまとめる。
「あたしもなんだか余分に買いたくなっちゃった。肉まん、もう1つ買うことにしよう。それと缶コーヒーも」
公園はところどころ土が見えている状態だった。少なくとも木に残っている雪は見当たらない。
「すっかり溶けてしまっていますねえ」志茂田は辺りを見渡しながら言った。
「残っているところはどっさりあるね」わたしもあちこちと目を走らせる。
「で、あそこの雪掘り人足はいったいどなたかしらね」中谷が木の陰でせっせと雪かきをしている男を見つけた。
「ああ、木田君のようですね」
「おおーい、木田ーっ」わたしは叫んでみる。木田仁がスコップを持ち替え、こちらに手を振った。
3人で駆け寄ると、
「やあやあ、みんなそろって。正月以来じゃないかな。元気にしてたかい?」とにこやかに話しかけてくる。
「元気だったけど、あんたはいったい何してるのよ」中谷が怪訝そうに質問した。
「おいらかい? 見ての通り、発掘さ。今、発掘に凝っててね。積もった雪の下には、たいてい宝物が眠っているものなんだ」
「えー、そんなの聞いたことないよっ」思わず、わたしは声に出す。
「まあ、見てなって」そう言うと、またせっせと雪を掘り返し始めた。
わたし達は半ば呆れて見といたが、突然、木田が「おっ!」と声を上げたので覗き込む。
「何か見つけましたか?」志茂田が興味津々、身を乗り出した。
「ああ、これは……」ガッカリしたようにスコップをそばに突き立てる。「見なよ、桑田だよ」
雪が降る前に穴にはまったらしく、桑田孝夫が半分埋もれていた。
「おーい、桑田ぁっ」わたしは大きな声で呼ぶ。桑田は目をパチッと開き、
「もう朝か? 腹減ったなあ。誰か肉まん持ってないか。それとできたら熱い缶コーヒーも」
4人で力を合わせて桑田を引っ張り上げると、雪を払ってやる。
「近くのベンチで食べましょうよ」中谷は肉まんの入った紙袋を振りながら、缶コーヒーを桑田に手渡した。