海の見える町
一人浜辺に立ち、秋の風を感じていた。10月だというのに、まだ海で泳いでいる人が多いことに少し驚いている。沖合を白い帆のヨットが漂うように浮かんでいるのが見えた。そのはるか向こう、水平線からはおよそ秋には似つかわしくない入道雲が立ちのぼっている。
「今年の夏は暑かったなぁ。まだ熱気が残っているに違いない。それできっと、海の水が温かいんだ」わたしはそう思った。裾をめくり上げると裸足になって、ざぶざぶと波打ち際を歩いてみる。想像していた通り、生暖かかった。
海岸に沿って進んでいくと次第に砂浜が少なくなって、気がつけば覆うような崖ばかり。見たところ、溶岩石でできているようだ。荒々しい岩肌には、無数の穴が穿たれている。大人ひとりが楽には入れるほどの空間だ。
事実、ほぼすべての穴には水着姿の人々が寝そべっていて、本を読んだりトロピカル・ドリンクを飲んだりしてくつろいでいる。ちらほらとカップルも見えたりもしたが、さすがに2人では窮屈そうだ。けれども当人達は楽しそうに、顔を近づけたまま笑い合っている。
ちょうど日が差し込んでいて、日光浴にもよさそうな場所だった。
崖の前を通り過ぎようとすると、誰かがわたしに声をかけてくる。
「すいませーん、フルーツ牛乳1本ね」
わたしは海の家の店員ではないので、知らん顔をしてその場を去った。声をかけてきた相手は「おーい、おーいったら! こっちは客だぞ。遠いところをわざわざやって来てるんだ。それにおれはどうしてもフルーツ牛乳が飲みたいんだ。頼むよ」
わたしは立ち止まりって振り返ると、
「こっちも、たぶん遠いところから来ている観光客です。知りませんったら、そんなこと」と叫び返す。相手は小声で何やらブツブツ言いながら、「巣穴」へと引っ込んでいった。
崖がだいぶ低くなってくる。わたしの背丈ほどになったところで、市街地へと続く階段が表れた。潮風でシャツがべたべたしてきたので、町へと行くことにする。
観光地らしく、海鮮物を主にした店がずらりと建ち並んでいた。干物の匂いがぷーんと心地よく空気を満たしている。
一軒の店へと入ってみた。中は市場のような賑わいを見せている。氷に付けられた鮮魚やエビ、貝がまだぴちぴちと動いていた。ご当地銘菓の種類も豊富で、なかでも食指が動いたのがハマグリの形に練られた餡こ入り生菓子だった。甘い物好きのわたしは、思わずポケットから財布を出しそうになる。
けれどもこの先、どれくらいの旅になるかもわからず、すんでのところで考え直した。荷物を持って歩き回るのはとても面倒である。
町の中心部まで来ると、さすがに観光地の匂いは薄れてきた。ちらほらと高いビルが見え、コンビニや洋品店、カーショップなどといったどこにでもありそうな都会の光景だ。
わたしは繁華街を避け、やや下町風な住宅街を歩いてみることにした。子供の頃に住んでいた町にどこか似ている。少しばかり郷愁を感じた。幼いときの思い出というものは、大人になってから振り返ると鮮やかに彩られて見えるものだ。
さまようように歩いていると、小さな公園を見つける。照りつける日光に辟易していたわたしは、黄色く色づいたプラタナスの木立の下に置かれたベンチに腰掛けた。
そういえばここはどこだっけ? ふいに頭にのぼる。今の今までそのことに気が回らなかったことが不思議だった。
わたしはスマホを取り出すと、地図アプリを立ち上げる。驚いたことに、なんと圏外と表示された。
「国内でそんな場所がまだあるんだ……。しかも、こんな都会に見えるっていうのにさぁ」思わず声に出る。
突然、車のブレーキ音が響き渡った。振り返ると公園の脇の道路に黒塗りのセダンが止まっている。
何事だろうと構えていると、助手席から黒ずくめの男が降りてこっちへやって来た。帽子といいサングラスといい、どう見てもその筋の人である。
「探したぜ。こんなところにいたとはな」男はドスのきいた声で言い放った。
「えっと、あの、なんでしょうか?」わたしは呆然と聞き返す。
「とぼけるんじゃない。さあ、行くぞ」そう言ってわたしの腕を強く掴み、クルマへと連れ込んだ。なすすべもなく、後部シートに押し込まれる。
運転手とサングラスの男、そして後部シートには手下らしい2人がいた。
「どこに行くんですか?」恐ろしさに身を震わせながら、わたしはそう聞く。
「クイズ会場に決まってるだろう」サングラスの男が、さも当然のことのように答えた。
「クイズ会場ですか? いったい、なんの……」
「行けばわかる」サングラスの男はそう言ったきり、沈黙する。わたしは困惑しながらも、シートに座り直した。誰もが黙りこくっているので、さしあたって車窓を眺めているよりほかはない。
倉庫の前でクルマが止まった。
「まずは調達だ」サングラスの男が全員に向かって声をかける。運転手以外、ゾロゾロと外へと出た。
手下の1人が倉庫の鍵を開け、扉を開く。中には金貨が山のように積まれいた。
「この袋に金貨を詰めろ」サングラスの男がわたしに麻袋をよこす。わたしは言われた通りに、金貨を詰めた。不思議な麻袋で、いくらでも入る。あんなにたくさんあった金貨が、みるみる減っていった。
倉庫の中がすっかり空っぽになると、わたし達は麻袋を持って再びクルマに乗り込む。
「これだけあればことは足りるだろう」サングラスの男が満足そうにつぶやいた。「よし、クイズ会場へ急いでくれ。今年こそは全問正解を目指そうな」
よくわからないが、毎年開催しているクイズ大会にわたしも参加するらしかった。全問正解を目指すと行っていたが、わたしにはとてもそんな自信がない。もしも間違えたらどんなことになるのだろう、と不安になった。