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近所の異国

 昼食後の散歩に近所をうろついていると、偶然中谷美枝子に会った。

「あ、むぅにぃ。こんなところで何してるの?」

「特に目的もなく、ぶらぶらしてるとこ」わたしは答える。

「だったら、あたしと環七通りに沿ってちょっと歩かない?」中谷は目の前の通りを指差した。

「板橋方面へ?」

「うん、そう」

「別にいいけど」

 中谷とわたしは連れだって歩き出す。環七通りはいつもクルマの行き来が激しい。よく渋滞しているし、夜間の空いているときは飛ばして走っている。

 歩道を歩いている分にはいいけれど、もし運転する側にまわったら、好んで入りたくない道路だ。


 クルマの流れもそうだが、人もまた多い。そのためだろう、軒並み店ばかりだ。

「環七沿いはラーメン屋が多いよね」わたしはスープの匂いに鼻を刺激されながら話しかける。

「トラックの運転手とかが、よく食べに入るみたいね。都内じゃ、ラーメン街道として有名らしいよ」

「そうなんだ。じゃ、おいしい店も多いのかなぁ」

「そうみたい。こないだテレビでやってたわ。ガイド・ブックにもたくさん載ってるらしいよ」

 今度、桑田孝夫を誘って食べに行ってみようかな。ラーメン好きな桑田ならきっと、おすすめの店を知っているに違いない。


 向こうからとても大きくやせっぽちの男が歩いてきた。派手な柄のTシャツ、迷彩のズボン、山高帽を被ってステッキを腕にさげている。

「やあやあ、美枝子。ハロー、ボンジュール、ニイハオ!」いきなり声をかけてきた。

「あら、ペッグさん」中谷は親しげな笑顔を投げかける。

「中谷の知り合い?」

「うん。ヨーロッパ旅行の時のガイドさん。とてもよくしてくれたのよ」

「こんなところでどうしたんだい?」ペッグさんが尋ねた。

「環七通りに沿って、ちょっとした散策。ペッグさんこそ、日本で何してるの?」

 するとペッグさんは肩をすくめ、

「おやおや、残念ながらここは日本じゃないねえ。君ら、とっくに国境を越えてしまっているよ」と答えるのだった。


「えっ、ここって神山町じゃないの?」わたしは驚いて中谷を見る。

「まあっ、気がつかなかったわ。そんじゃあたし達、パスポートなしで外国に来ちゃったのね。困ったわねえ」

「どうしよう、中谷。2人して捕まっちゃうのかなぁ」心配でいても立ってもいられなかった。

 ペッグさんは落ち着いた様子で言う。

「まあ、仕方ないさ。誰にでも間違いはあるのだからね。ぼくが一緒について行ってあげよう。任せときなさいって。なんとかするから」

「助かるわ、ペッグさん」中谷はわたしの手を握ると、「そういうことだから。ペッグさんが一緒なら安心よ」


 引き返せばいいのだが、わたし達はそんな簡単なことも思いつかなかった。そのままずんずん先へ進む。

 ペッグさんの言う通り、ここは外国らしい。行き交う人は東南アジア系の顔立ちをしていたし、道もいつの間にか舗装されたアスファルトではなく、土埃の舞うでこぼこ道だ。

 乱雑に並ぶ店も漢字ばかりでなんて書いてあるのかよくわからない。ごくたまにひらがなやカタカナを見かけることもあったが、どうやら日本人向けのもののようだ。

 それが証拠に、「ラーメン」とあるべきところを「ラーメソ」、うどん屋は「ラどん屋」になっている。


「本当に異国にいるんだ……」ようやく実感が湧いてきた。

「ちょっと待った」ふいにペッグさんに止められる。「移民取調官がいる。いいかい、君たちはわたしのお客ということにする。わかったかい?」

「はい」同時に返事をする。

 移民取調官は軍服姿にカイゼル髭で、いかにも厳しそうだった。ペッグさんに気づくとつかつか寄ってくる。

「ペッグじゃないか。その2人は外国人だな? まさか不法入国者じゃあるまいな」

「これは署長殿。いえいえ、こちらの方々はぼくのお客さんでして。今日はこうして町を案内してまわっているのですよ」

「ふうむ、見たところ日本人のようだが。身分証を見せてもらおうか」

 わたしは焦った。

「それには及びませんよ、署長殿。ぼくが堅気の仕事をしていることはご存じでしょう。それに日本人ですよ? 機嫌を損ねたら国際問題になりかねません」


 「国際問題」という言葉が効いたらしく、署長はぐっと言葉を呑み込む。

「まあ、いいだろう。話が国は観光で成り立っていると言っても過言ではない。とくに日本は重要な友好国でもあることだし、行ってよろしい」

 わたし達はほっと胸をなで下ろした。

「ペッグさんには感謝だね」わたしは中谷に言う。

「ね、頼りになるでしょ」

 市場を抜けると、右側に大きな池が見えてきた。中央には鎌倉の大仏ほどもあるマーメイド像が噴水を吹き上げている。小さなボートがいくつも浮かび、水際では人々が憩う美しい光景だった。

「あれ、何かしらね?」中谷が池を指差す。目を向けると3メートルはありそうな人魚が上半身を水面から出し、うねうねと動いていた。

「作り物かなぁ。まさか本物ってことはないよね」とわたし。正直、ちょっと不気味である。


「あれはロボットだよ。この国では人魚が国の象徴なんだ。ここに限らず、あちらこちらの地域で見られるよ」ペッグさんが教えてくれた。

「よくできてるわねえ。肌の質感なんて、まるで人間みたい」中谷が感心する。

 ロボットと知って安心したが、やはり薄気味悪いことに変わりはなかった。


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