学校を休んで試乗会
目覚まし時計の音でもぞもぞとベッドから起きだし、よく晴れた窓の外を眺めながら思った。
今日は学校に行きたくないなぁ……。
「サボっちゃおう。たまにはいいよね」そう自分に対してつぶやき、家人に気づかれないよう、そっと着替えてそっと窓から外へ出る。湿った土が靴下越しに感じられた。ベランダに洗ったばかりのサンダルが干してあることを思い出し、抜き足忍び足で取りに行く。
「さあて、どこへ行こうかな」わたしは足取りも軽く、家を後にした。
3丁目の角を曲がったとき、先日閉店した和菓子屋の前にのぼりが立っているのが目に入る。
【通りすがりのエイリアンのUFO試乗会】
「なに、これ?」立ち止まってまじまじと見つめた。目ざとく小柄な灰色のエイリアンが出てきて、わたしに声をかける。
「どうです、ちょっと乗っていきませんか?」大きな黒い目、俗に言うところのグレイというタイプに違いなかった。
「どうですって言われても、UFOの免許なんか持ってないし」
「大丈夫ですって。無免許だなんて、誰もわからないから。さっと大気圏まで出てしまえば、あとは広い宇宙空間ばかり。めったに人と出くわしたりしませんぜ」
「それに、運転の仕方もわからないので……」渋ると、さらに畳みかけてくる。
「それも安心してください。オートマなので、頭の中で念じるだけで飛ばせますよ。もちろん、安全機構も付いているので、ぶつかりそうになれば自動的によけてくれるし、着陸も簡単!」
まるでクルマのディーラーのよう。あんまり熱心なので、つい折れてしまった。
「じゃあ、試しに乗ってみます。でも、買いませんからね。どうせ高いんでしょ?」
「買うかどうかはまた後ほどうかがうとして、ぜひ体験してみてください。我々の星の新型惑星間コンパクトUFOなんですよ。なお、ローンは千回払いもやっています」
わたしはグレイのあとをついて、店の中へと入る。
ガランとして何もない部屋だったが、奧にエレベーターがあった。グレイがボタンを押すと、すぐにドアが開く。どこにでもある、ごく普通のエレベーターだ。
「地下に降りるんですね」エレベーターの階表示を見ながら、わたしは言う。
「当たり前じゃないですか。この家に屋上なんかありましたか? 瓦屋根があるだけでしょ」さらっと否定された。
最下層の地下3階でエレベーターは止まり、わたし達は箱から出る。そこは広々としたガレージで、銀色の球体が十数個ばかり並べられていた。人ひとりがちょうど乗れそうな大きさだ。
「これが新商品のコンパクトUFOです。どうです? いい感じだと思いませんか?」グレイはセールスマンらしい口調で問いかける。
「駐車場には困らなそうですね」わたしは答えた。
「でしょ、でしょ? 日本の住宅事情に配慮して開発したんですぜ」
「へー……」内心、免許区分は何になるんだろうかと勘案する。
「んじゃ、こちらのUFOへご案内しますよ」グレイは一番手前の列のUFOへとわたしを導いた。「キーレス・エントリーなんすよ。ほら、この通り」
グレイがライターほどの装置をポチッと操作すると、球形UFOの扉がするするするっと開く。中は操縦席1人分とちょっとした買い物なら入るスペースがあった。
「上がっていいんですか?」
「ええ、どうぞ、どうぞ」グレイに背を押されるようにして、わたしはUFOの中へと入る。
「シート・ベルトはないんですね、これ」操縦席に身を沈め、わたしは言った。
「またまた~っ。反重力機構なんで、Gは掛からないんですって。いやですねえ、今どきの地球人てば」
簡単な説明を聞き、わたしはマニピュレーターに向き直る。
「じゃあドアを閉めますね」グレイが手でUFOのドアをバタンと閉めた。
「閉めるときは手動かぁ。手抜き製造なんじゃないの?」疑念を抱かずにはいられなかった。
光源はどこにも見当たらないにもかかわらず、UFO内はほどよく明るい。窓はなかったが、マニピュレーターに外の様子が映し出されているので安心だった。
グレイから聞いた通り、わたしは頭の中で念じる。
(まずは外に出なくちゃね。突き当たりに地上へ通じるトンネルがあって、そこをまっすぐ行き、壁にぶち当たったらそのまま垂直上昇……だったっけ)
UFOはたちまち移動を始めた。と言っても、振動もエンジン音もしない。マニピュレーターに映し出される様子でそれとわかった。
トンネルに入って垂直上昇するまで、たぶん1秒かそこらだったように思う。とんでもない加速だ。地球の乗り物では、こんな動きは不可能である。
あっと言う間に地上を見下ろしていて、さらに数秒で暗い宇宙に飛び出していた。
「やっぱりエイリアン・テクノリジーはすごい。日本で独占販売したら、GDPがいっきに1位になっちゃうぞ」少し興奮してくる。スピード・メーターを見ると、日本語で「光速の1/10000000と表示されていた。アナログ・メーターも装備されており、最高速度のところには1000光速と書かれている。
「光の速さの千倍も出せるってことかぁ。近所のアンドロメダ星雲まで、行って帰ってこれそう」わたしは進路をアンドロメダ星雲へと向けて念じた。それまで静止して見えた星々が、どんどん加速されていく。
やがて光が追いつかなくなり、遠い星ほど赤く見えだした。
「志茂田ともるが言っていた赤色偏位ってやつだね。光のドップラー効果かぁ……」
やがてその光さえも見えなくなり、真っ暗になる。光の速度を超えたのだ。
さらに飛ばしていくぞっ。面白そうな惑星でもあれば、ちょっと立ち寄ってもいい。誰か住んでいたらなお楽しいだろう。
スピード・メーターはぐんぐんと上がっていく。