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マッド・サイエンティスト現る!

 町外れの掘っ立て小屋に、山下弘という青年が住んでいる。彼は世捨て人のような生活をしているが、実は大天才だった。

 そして何を隠そう、わたし達の高校時代の同級生でもある。

「むぅにぃ君、久しぶりに山下君のところへでも遊びに行ってみませんか?」ある日曜日、志茂田ともるがわたしの家を訪ねてきて、そう言った。

「あの変人のところぉ?」正直、気が進まない。天才と狂気は紙一重というが、山下はまさにその典型なのだ。山下を知っている人で口さがない者は、「マッド・サイエンティスト山さん」と呼ぶ。

「いえね、昨日メールが来まして。なんでも、世紀の大実験をするというのですよ。山下君のことです、きっとわたし達があっと驚くようなことをしてくれるのではないかと思うわけです」

 確かに山下なら人を驚かすくらい造作もないだろう。けれど、それが問題なのだった。あまりにも突拍子もないので、これまでに何度も町を壊滅させかけた。


「そういうことなら行ったほうがいいよね。もしもの時に、その実験を止められるようにさっ」わたしはこぶしをギュッと握りしめる。

 わたしはいったん自分の部屋に戻り、ポシェットにこっそりとトンカチを忍ばせた。もしものとき、これで山下の後頭部を思いっきり殴り飛ばすのだ。

「では、まいりましょうか」志茂田が歩き出す。

「うん」わたしもそのあとに続いた。町外れといっても、歩いて10分ほどの場所だ。志茂田とちょっとした雑談をしているうちに着いてしまう。

 こんもりと雑木の茂った小高い丘に、くだんの掘っ立て小屋がポツンと建っていた。ここが山下の住居だ。あばら屋とはこういうことを言うのだろう。あちこち剥がれそうになった板は雨風で朽ちかけているし、割れた窓ガラスはみすぼらしくテープではぎ継ぎがされている。

 そもそも、小屋自体が傾いていて、いつ崩れてもおかしくない有様だった。


「こんなところ、よく住んでられるね」わたしは呆れた口調で言う。

「お金はあるはずなんですがねえ」志茂田も溜め息をついた。

 軽く叩いただけでボコッと抜けてしまいそうな戸を、志茂田は慎重にノックする。

「どうぞ……」中から声がした。そっと戸を開けると、壁一面に置かれたモニター、タンスほどもある複雑な装置が数台、作りかけなのか完成品なのかわからない「作品」の山……。

「久しぶりですね、山下君」志茂田が軽く手をあげた。

「どうも」わたしもあいさつする。

「ピーヒャララーッ!」いきなり奇声を発する山下。「ヤアヤアヤア、よく来たねーっ。ウエッヘッヘ!」

 やっぱりこの人は変だ。

「世紀の大実験だそうですね。楽しませていただきますよ」志茂田は動じもせず、用件を切り出す。


「モッチロン、モチロン! こいつは凄いんだぞーっ。さあさあさあっ、そこらのイスに掛けてチョーダイヨ」盛んに体を踊らせながら叫ぶ山下。離すか踊るか、どちらかにすればいいのに。見ているこっちまで疲れてしまう。

 ディスプレイには株のチャートがびっしりと表示されていた。天才的な頭脳を活かして、ディ・トレーディングをしているのだ。莫大な収入を得ているが、すべて研究に費やしている。それ以外のことはまるで気にしなかった。だから住居もボロのままなのだ。

「ねえ、山さん。その実験だけど、また危ないんじゃないよね?」わたしはあらかじめ釘を刺す。

「危ない? マーサカ、マーサカ、マーサカ! このぼくちゃんがそんなへまをしでかすと――お・も・う・か・なっ?」山下はぐるりと回ると、決めポーズを取った。

「うん、思う。だって、いっつもそうじゃん」と切って捨てる。


「むぅにぃてっばー……イ・ジ・ワ・ル!」背を向けて顔だけ振り返ってみせる山下。なんだかいらっとしてきた。

「まあまあ、山下君。その実験とやらの趣旨を聞かせてもらおうじゃないですか」志茂田が割って入る。

「ん? あー、そうだねー」途端に真顔になった。「君たちは、時間というものをどう捉えているね?」

「時間なんて、ただ過去から未来へ途切れなく流れるだけのものでしょ?」単純にわたしはそう答える。

「いえ、むぅにぃ君。時間は連続したものではないのですよ」志茂田がやんわりと否定した。「どこまでも区切っていくと最小単位があります。言わば、極小のデジタルなのですね。一般にプランク時間といいまして、10の44乗分の1秒に1コマずつ動く映画フィルムのようなものです。もっとも、最近の考え方では10の17乗分の1秒とも言われていますが」


「えっ、時間って細切れなものなの?」わたしは自分でもそうとわかるほど目を丸くする。

「そうだよ、むぅにぃ。志茂田氏の説明は概ね正しい。が、ぼくは真実を発見してしまったのだよ」山下は厳かな顔で断言した。

「ほお、それはどういう……」志茂田はにわかに興味を示す。

「時間というものは存在しないということだよ。宇宙はたった1つの素粒子が光速の1000兆倍の速度で飛び回り、テレビの走査線のようにすべての事象を形づくっているのだな」

「まさか、そんなことが」志茂田が明らかに動揺している。

「えーと、それってつまり――どういうこと?」わたしにはちんぷんかんぷんだった。

「要するにですよ、むぅにぃ君。あなたが見たり触れたりしているもの、そしてあなた自身も含めて、テレビに映った影にすぎないということです」


「え……」わたしはよくわからないものの、愕然とする。これまでの常識が根底から引っ繰り返った気がした。

「その『時間粒子』を一時的に捉える、それが今回の実験のあらましなのだよ」山下が説明を終える。

「しかしですよ、山下君。そんなことをしたら宇宙そのものが消滅してしまうではありませんか?」志茂田は眉間にしわを寄せて山下を見返した。

「大丈夫だ。ぼくの計算では6.527秒は残像が残る。その間に時間粒子を解放すれば済むことだからな。見たまえ、ぼくの机の上を。その小さなカプセルが時間粒子を捉える容器だ。ぼくがこのスマホをポチッと押すだけで、時間粒子はたちまちカプセルに閉じ込められる。6.527秒以内にもう1度押せば、再び宇宙を駆け回るようになるだろう」


 スマホを手にほくそ笑む姿は、まさにマッド・サイエンティストそのものだった。もしもこの実験に失敗したら、町どころか宇宙までもが消えてしまう。

 志茂田がちらっと目配せをした。わたしは小さくうなずくと、ポシェットからトンカチを取り出した。

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