プールへ行く
連日猛暑が続く。エアコンの温度設定を26度にして、部屋でぐだぐたするわたし。テレビを付ければどのチャンネルでも海水浴の映像ばかりが流れている。
「そう言えばここ数年、海へ行ったないなぁ」ちょっぴりうらやましい気持ちになった。とは言え、出かけるのもおっくうだ。帰りの道中も、疲れ切ってぐったりするのが目に見えている。それに夜寝るとき、体中が日焼けでヒリヒリして眠れないこともわかっていた。
海なんか行っても、ろくなことにならないよ、とわたしは自分に言い聞かせる。
わたしは大きな溜め息をつくと、ソファーにごろんと寝転がった。夕方まで昼寝しようと体を丸めたそのとき、ピンポーンとチャイムが鳴る。
「うるさいなぁ。誰だろう、人が寝ようとしてるってのにさ」わたしはよっこらしょと立ち上がると、玄関のドアを開けた。
「よお、むぅにぃ」桑田孝夫だ。
「もう、今何時だと思ってんの?」
「何時って、まだ午後1時じゃねえか。まさかおまえ、寝ようとしてたな?」冷ややかな目でわたしを見る。
「べ、べつに……。夏を満喫してただけだってば」
「夏を満喫ねえ。まあ、いいや。な、今からプールへ行こうぜ」
「プールかぁ」ぷーんと塩素の臭いが蘇ってきた。「でも、日に焼けるとあとがつらいしなぁ」
「暑いからって部屋にばかりいねえで、少しは外へ出ろ。生っ白い顔して、まるでゾンビみてえだぞ。それに、これから行くプールは完全屋内プールだ。日焼けなんかしねえよ」
「この辺に屋内プールなんかあったっけ」
「アオン・モールが期間限定でプールになってんだ。すげえぞ、地階から3階まで全フロアに水を張って屋内プールに仕立ててあるんだ。入場料無料でフード・コートもあるんだぞ」
「へー、それすごいねっ」にわかに興味をそそられる。
「よし、決まりだな。すぐに準備してこいよ。おれは外で待ってるから」桑田はそう言うとドアを閉め、出て行った。バタンと音がしたので、クルマできたことがわかる。アオン・モールまでは歩いてもいける距離だったが、クルマで行けるならなお助かる。
わたしはタンスの引き出しの奥から水着を探し出し、タオルと一緒にビニール・バッグに詰め込んだ。
外に出ると、桑田がわたしに気付きクラクションを軽く鳴らす。促されるように助手席へと乗り込み、シートベルトを締めた。
「クーラー、めちゃくちゃ効かせてるじゃん」開口一番、わたしは言う。
「ああ、これくらい冷やさねえとダッシュボードが溶けちまうからな」
クルマを走らせて5分ほどでアオン・モールへと到着した。夏休みだからか、ずいぶんとクルマが多く、駐車場を探すのに手間取る。たまたま発進したクルマがあったので、そこへなんとか押し込んだ。
「駐まるところがあってよかったね」とわたし。
「ああ、アオンはいっつも混むんだよな」
モールの中に入るとすぐにロッカー・ルームが男女別に設けられていた。
「着替えたら、はなまるラーメンの前で待ち合わせしようね」わたしは言う。
「おう、わかった」
わたし達はそれぞれのロッカー・ルームへと入っていった。
着替え終わって反対側のドアから出ると、消毒槽、シャワー・ルームへと続いていた。学校のプールを思い出す。
「ここよりプール」と書かれたプレートのドアを開くと、そこは見慣れたモールだった。ただし、テナントはすべてシャッターが下ろされ、代わりに腰まで水が張ってある。
「えっと、はなまるラーメンはどこだっけ?」わたしは辺りを見渡した。店中のシャッターが閉まっているので、位置関係が掴めないのだ。「たしか、回転寿司の隣だったんだけど、そこも閉まってるからますますわからないよ」
わたしは水をかき分けながら進む。親子連れが大勢来ていて、ちょっとしたイモ洗い状態だった。
ふいに肩をつかまれる。
「やっぱ、迷子になってたか」
「あ、桑田。だって、中の様子がすっかり変わっちゃっててさ」
「ああ、シャッターが閉まっちまってると、もう別世界だよな。エスカレーターで3階まで上ろうぜ。すげえウォーター・ジェットコースターがあるらしいぞ。それで一気に地階まで下るんだ」
「危なくない?」わたしは不安そうに聞いた。
「大丈夫だろ? だってあのアオン・モールなんだぞ」桑田はアオン・モールを全面的に信頼しきっているらしい。まあ、これだけ大きな企業だし、何かあれば保証してくれるだろう。
「じゃあ、行こっかぁ」桑田のあとをついて、エスカレーターのある場所へと向かった。
エスカレーターも水に浸かっていて、見たところまるで滝のようである。乗りながら、ジェットコースターが上昇していく様を思い浮かべずにはいられなかった。
「ほら、あれがウォーター・ジェットコースターの下り口だ」桑田が指差す方を見ると、大きなすべり台のようなものが設置されている。並んでいる人達が、どんどん滑り落ちていった。
「すごい急だなぁ……」わたしはちょっと怖くなってくる。
「滑っちまえば、あっと言う間だ。地下には特設フード・コートがあるそうだから、そこで何か食おう。おれが奢ってやる」
列に並び始めると思ったよりずっと早く順番が来た。まずは桑田が雄叫びを上げながら滑っていく。わたしも後ろに人が待っているので躊躇して入られず、えいっと飛び込んだ。
ほとんど直滑降なので落ちていくといった方が感覚的にふさわしい。途中、ループが何ヶ所もあってまさにジェットコースターだった。
LEDのイルミネーションがキラキラとまぶしく照らし出すところがあったかと思えば、真っ暗なトンネルを通過したりと、さながら移動する遊園地である。
水とともに滑りながら、わたしは考えていた。
地下に着いたら、フード・コートで何を食べようかなぁ、と。