ゾッとする話
「この感じ、なんだか前にもあったような気が……」真夏の日差しを浴びながら、わたしは河川敷を散歩していた。ふいにデジャブにおそわれ、立ちどまる。「ここにはたまに来るけど、この気持ちはいったい?」
それがきっかけだった。場所や時間に関係なく、デジャブの回数が増えていく。しまいには夢の中でさえも――。
「どうも変。なにかおかしいよ、これって」デジャブそのものは決して不快なものではなかったが、あまりにも頻繁なので心配になってきた。
わたしは志茂田ともるに相談してみようとスマホに手を伸ばす。
「もしもし、志茂田? ちょっと聞いて欲しいんだけど」
「むぅにぃ君、暑い日が続きますね。はて、どんなことでしょうか?」志茂田の声を聞くと、それだけでなんだかホッとする。
「この頃デジャブが多くって、なんか変なんだよね」
「既視感ですか。そんなにしょっちゅう感じるのですか?」
「うんうん、夢の中でもなんだぁ。これって異常だと思わない?」
「そうですねえ、確かに多すぎますね。むぅにぃ君、あなたは今、心配事や悩みがあったりしませんか?」志茂田は尋ねた。
「うーん、とくにはないけど……」ここ数日を振り返りながら答える。
「精神的に大きな動きがあるときなど、既視感を覚えやすいといいますね。それがないのだとすれば、心の問題ではないのかもしれません」
「それって、どういうこと?」今度はわたしが聞く番だった。
「むぅにぃ君、もしかしたらあなたは本当に経験しているのかもしれないですよ」
「経験?」
「ええ、そうです。同じ時間軸をすでに経験済みということです」志茂田は信じられないようなことをさらりと言う。
「ごめん、志茂田。余計にわからなくなっちゃった。もっと簡単に教えてよ」
「むぅにぃ君、時間というものを不可逆的なベクトルと捉えてはいませんか?」
「え?」ますます理解できなかった。
「つまりですね、時間は未来へしか進まないもの、そう考えていないかということですよ」
「ああ――」ようやく言っている意味がわかってくる。「だって、時間は後戻りできないものでしょ? いつだってどんどん進んでいるだけだもん」
「ところが、それは違うのですよ。この世界のあらゆるものは突き詰めると量子というものでできています。その正体はエネルギーなのですね。空間や時間でさえも量子によって引き起こされる現象です。つまり、世の中は『無』であり、わたし達は何もない場所で一炊の夢を観ているのと同じなのです」
「またわからなくなっちゃったよ」わたしは根を上げる。
「色即是空という仏教の言葉がありますね。色というのはこの世界のことです。そして世界は無である、と説いています」
「うんうん」わからないながらもうなずいた。とかく宗教の世界は理解しがたいものなのだ。
「量子論を研究していくと、仏教や哲学にどんどん近づいていきます。まったくもって奇妙なことです。ですが、真理というものは研究だけでなく、いわゆる悟りによってもたどり着けるものだと、わたしは考えています」
「それとデジャブって関係あったりする?」わたしは結論を急いだ。
「ありますとも。ニーチェの『永劫回帰』をご存じですか? 時間は過去から未来へと流れるのではなく、円環を描いているというテーゼです。わたし達はありもしない時間を体感していますが、先にも述べた通り、それはエネルギーに過ぎません。量子と言えどもエネルギー保存の法則が当てはまります。つまり、時間というエネルギーは常にリサイクルされ繰り返されている、そう考えるべきだとわたしは思います」
「早い話、この世っていうのは何度も同じことをやり直してるって意味でいいの?」ありったけの知恵を絞って、わたしはまとめる。
「ええ、その通りです。それこそまさに永劫回帰ですね。宇宙はまったく同じことを永遠に繰り返している世界なのです」わたしはなんだか背筋がゾッとするのを感じた。「同じことの繰り返しですから、当然、考え方や行動、記憶も一緒です。ですので、反復していることを知るよしもありません。だからなんの問題も感じずに生きていられるのです」
「じゃあ、デジャブって過去の繰り返しをちょっとだけ覚えているのかなぁ」
「そういうことになりますね。本来はあり得ないことですが、何かの拍子に繰り返しの世界から逸脱した要因を引き継いでしまったということでしょう」
「もし、忘れることができなかったら……」自分で言っておきながら、声が震えるのを感じた。
「さぞかし恐ろしいことでしょうね。地獄というものがあるとすれば、まさにそれこそそうでしょう」
そんな会話をしたのは今回が初めてではなかった。これで1億7千8百5十2回目。そのすべてをわたしは覚えている。
そしてこれからもずっと……。