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転生の間

 青信号になったので横断歩道を渡ろうとしたそのとき、耳をつんざくようなブレーキ音とともに激しい衝撃を感じた。

 それがわたしの覚えている最後の記憶である。


 気がつくと、わたしは真っ暗な場所にいた。全くの静寂と一筋の光すらない漆黒の闇に包まれ、ぼんやりと立っている。いや、立っているのかさえもわからなかった。およそ重力といったものを感じないのだ。

耳を澄ましても鼓動どころか、かすかな耳鳴りすら聞こえてこない。暖かくもなく寒くもなかった。あらゆる感覚がすべて失われてしまったかのようである。

普通であれば激しい不安感と恐怖が襲うはずだが、不思議と心は平安だった。


 最後の記憶を頼りに推測すれば、どうやらわたしは事故に遭ったらしい。

「これが死ぬってことなんだ……」冷静に結論づける自分自身に、内心で少し驚いた。「臨死体験者によると、このあと遠くに光が見えるんだっけ。さあ、どうなるのかなぁ」

 時間の感覚がまったくないので、どれくらい待ったのかわからない。1秒かもしれないし、10時間経過していたのかもしれなかった。ふいに光の点が見え始める。

「ほらね、やっぱり」真っ白な光で、なぜだか暖かく心地よかった。

 どこからか穏やかな声が届く。「光に向かって進みなさい」

 わたしは言われるまま歩き出した。それは歩くというより、飛んでいる感覚に近い。


 光の点は次第に大きくなり、まばゆい輝きへと変わっていった。それでいて少しもまぶしくはないのである。

 さらに近づいていくと、光の正体はどこまでも続くトンネルであることがわかった。一歩踏み出すごとに胸の中になんとも言えない喜びが満ちていく。

 トンネルは長く、それこそ永遠に続くかのようだった。時を読むことを忘れたわたしは、飽きもせず疲れもせず、ただひたすら進む。たとえ1万年歩いたとしてもそうとは気がつかないほど、わたしは胸を躍らせて先へと行った。


 永遠の果てまで来に違いないと思ったそのとき、唐突にトンネルが終わり、広大な広間へと導かれた。

 あまりに広いので距離感がまったく掴めなかったが、見上げると天井で収束していることから、そこはドーム状の部屋であることがわかる。

 光こそ差していなかったが、暗いと感じることはなかった。無数の人々が集まっていて、ただじっと佇んでいる。どの顔も安らぎに満ちており、わずかな曇りすらなかった。

 よく見ると、人々は渦を巻くようにして中心へ向かって並んでいる。わたしも並ぶべきだと思い、列の最後尾を探すが、よくわからずに立ち止まってしまっていた。


 そんなわたしを見かねたのか、金色に輝く腕章をつけた性別不明の人物がそっとやって来て手を取る。

「さあ、こちらへ」

 わたしはすうっと宙を舞い、最後尾に連れてこられた。

「あの、ここはどこなんですか?」わたしは聞く。

「ここはリンボ界です。魂がひとときとどまるための場所で、次の世界へ移動するまでの待合室のようなものですよ」

「そうなんですか。どこへ行くのかって、まだわからないんですね?」

「それはあなた自身が決めることになります。あの中心から『転生の間』へと行ってもらいます。そこで天上人事係と面談をし、今後の魂のあり方を決めることになります」

 まるで会社のようだなぁ、わたしはそう思った。


 列に並んでいると、わずかずつだが進んでいることに気がつく。中心へと近づいていくうち、ドームの中央が次第に見え始めた。

 10メートルほどのサークルが描かれていて、順番が来るとそこへ1人ずつ入っていく。すると、天井から光の筋が降りてきて吸い込まれるように魂が上がっていくのだった。

「あの上にさっき言ってた『転生の間』があるんだろうね……」とわたしは高い天井を仰いで思う。

 あれだけたくさんの人が並んでいたのに、気がつけばもうわたしの番になっていた。

「むぅにぃさん、どうぞサークルの中へ」先ほどとは別の、やはり金色に輝く腕章を付けた人物が促す。わたしはゆっくりと歩み出た。

 上空からスポットライトのように光が差し、わたしはそのまま上昇していく。まるで部屋のないエレベーターのようだった。


 一瞬、すべてが真っ白になり、気がつくとカラッと晴れ渡った常春の庭園に立っている。少し離れたところに東屋があって、羽衣を身にまとった天女のような美しい女性が座っていた。

 女性はニッコリと笑いながらわたしを手招きしている。ふらふらと東屋へ歩いていくと、

「座ってちょうだい、むぅにぃ。さあ、あなたの希望はなんですか?」と尋ねた。

 わたしはちょっと考えてから答える。

「また前と同じ待ちに住みたいです」

「わかりました。では、願い通りの世界へと転生させましょう」

 とたんに景色がぐるぐると回り始め、重力を取り戻すと同時に落下する感覚に見舞われた。


 眼下に懐かしい町並みが広がるのが見え、落ちていくにつれ記憶が薄れていくのがわかった。

「あの家に向かって落ちてるんだ……」ぼんやりと考える。

 緑の屋根の一軒家に触れたかと思うと、部屋の中がつかの間見えた。そこは居間で、夫婦らしい2人が仲良くソファーに座っている。

「あ、志茂田と中谷――」そう思った瞬間、わたしの意識は夢に落ちたように遠のいていくのだった。

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