よく似た別の世界
いつもの目覚まし、いつもの目覚め。見慣れた天井にベッド。なにもかも変わらないのに、妙な違和感を覚える。
「まだ寝ぼけてるんだなぁ。顔を洗ってすっきりしようっと」わたしは洗面所に行き、いつもの歯ブラシと歯磨き粉で歯を磨き、顔を洗った。違和感はだいぶ収まってくる。
父も母も出かけてしまっていて、キッチンのテーブルにはツナやハムカツをはさんだサンドウィッチがラップに包まれておかれていた。
マグカップにミルクを注ぐと、スプーン1杯のインスタント・コーヒーを入れてよくかき回す。即席のカフェ・オ・レだ。
カップを片手にサンドウィッチをもそもそと食べる。時計を見上げると、まだ7時30分。学校が始まるのは8時で、通学にかかる時間はたったの5分。全然余裕だ。
着替えて学校へと向かう。途中、商店街を通っていくのだが、いつも寄っているたい焼き屋が餃子専門店になっていた。
「お気に入りの店だったのになぁ」行き過ぎたあとも名残惜しく振り返る。ただ気になるのは、店舗が変わったにしては新しい感じがしないことだった。
教室に入り、自分の席に着こうとしたらクラス委員の柴田薫から注意を受ける。
「むぅにぃ、ちょっとあんた。あんたの席はあっちでしょ」
「え?」わたしは柴田の指差した方を見た。確か窓際がわたしの席だったはずだけど、廊下側前の方だと言う。
いつ席替えなんかしたっけ? 首を傾げながらも、席を移った。すぐ後ろの席には中谷美枝子が座っている。わたしは身をよじるように振り向いて、
「もしかして、昨日席替えとかあったっけ?」と聞いた。中谷はポカンとした顔をしてわたしを見返す。
「席替えなんてずっとしてないじゃないの。それにしても珍しいわ。あんたがあたしに話しかけてくるなんて。まるで、今まで友達だったみたいな口調なんだもん。ちょっと、びっくりしちゃった」
逆にわたしの方が驚いた。昨日もその前のひも、中谷とはあれだけおしゃべりをしていたというのに!
「それにしても」わたしは教室中を見渡しながら、「桑田も志茂田も遅いね。いつもならとっくに来てるのにさ」
「志茂田って誰? 桑田って、隣のクラスのあの桑田孝夫のこと? あの人、すぐ女子をからかうから嫌い。軽口ばかり叩くし」
わたしはまたまた仰天する。ほとんど毎日のようにみんなで集まっていたというのに、これはどうしたことだろう。
第一、同じクラスだったはずではないか。
わたしは納得がいかないまま1日を過ごした。昼休みに桑田と志茂田とすれ違ったが、2人とも声をかけるどころかちらっともこちらを見ずに行ってしまう。面識すらないようだった。
友人だった相手がみんなただのクラスメイトか、話したことさえないのに対し、今までほとんどしゃべったことのない者が友人だというのも不思議なことである。
たとえば、勉強はできるがいつも孤立している平林悦子がわたしの親友だったり、いたずらばかりしているお調子者の男子、島村勝や栗田悟がいつもつるんでいるグループなのだ。ふだんのわたしからは想像もつかない。
放課後、数人の「親しい」クラスメイトと別れを告げ、校門を出た。
「やあ、むぅにぃ。ちょっと話があるんだけど、いいかい?」呼びかけられて振り向くと、木田仁がそこに立っている。
「あ、木田……」思わず声に出して言うが、果たしてわたしと親しかったあの木田だろうか、と内心で臆した。
「ふんふん、どうやらおいらの知っているむぅにぃのようだね。変だと思われるかもしれないんだけど、今日学校に来てみたらさ、いつもと微妙に空気が違うんだ。下駄箱の位置が変わっていたり、仲のいい友達がそうでもなかったりとかさ」
「あ、それそれ!」わたしは叫んだ。「じゃあ、木田も同じだったんだ。まるで世界が変わっちゃったみたい」
「うん、たぶんそれは正解だと思うんだ。ここはおいら達がいた世界とは別の、『よく似ているけど違う世界』なんだよ」木田は真剣な面差しで言った。
「帰る方法とかあるの?」わたしはすがるように聞く。
「原因がわかれば対処できると思うな」と木田。
「原因かぁ。昨日は何か特別なことあったかなぁ」そうつぶやいて腕を組むわたし。
「おいら、1つ思い当たることがあるんだ」
「ほんと?」
「ほら、昨日はおいら、むぅにぃ、志茂田、桑田、中谷で神社に寄ったろ?」
「うんうん」確かに覚えていた。あんまり暑いので、コンビニでアイスを買って近くの神社で休憩したのだった。
「あのときさ、境内にヘンテコなパズルが落ちていたのを覚えているかい?」木田が尋ねる。
「あったね、そう言えば」箱根の寄せ木細工のようなパズルで、ダイヤルがいくつも付いていた。
「おいらとむぅにぃとで、一生懸命取り組んだらなんとか解けただろ? あれはきっと、解いちゃダメなパズルだったんだ」木田が言う。
「どういうこと?」
「パズルが解けると、異世界の扉が開くようになっていたんだと思うよ。すべての原因はそれだったんだ」
「そうかっ、じゃあ、パズルを戻せばいいんだね」
「うん。きっとまだ、境内に置いたままになってるはずさ。さ、急いで神社に行こうぜ」木田はそう言うとすたすた歩き始めた。
わたしも慌ててそのあとをついていく。やれやれ、世の中どこに危険が潜んでいるかわかったものではない。これからは落ちているものを無闇に拾わないようにしよう、わたしは心の中でそう誓った。