謎の塔・その2
入り口が開くと、その奥で自動的にライトが灯る。
「これは驚きました。古代遺跡なのに、全自動ですか」志茂田はさっきから驚きっぱなしである。
もっとも、それはわたしとて同様だった。びっくりを通り越して、呆然とするよりほかはない。
「ねえ、志茂田。さっき、『せいぜい、数千年前』とかって言わなかった? その頃って、今よりも発展してたの?」わたしは聞いた。
「いえ、そんなはずは……」さすがの志茂田も答えに窮する。
「もしかしたら、昔は栄えてたのかもね」とわたし。「ほら、マヤだって当時はすごかったんでしょ? それが、今ではジャングルの中に埋もれちゃってるし」
「うーん、むぅにぃ君の言う通りかもしれません。あるいは、やはり異星人の置き土産なのでしょうかね」
「2人とも、中を見てくるといい。わしゃあ、ここで待っとるから」源吉じいさんはそう言うと、どっかりとあぐらをかいた。
「入ってみようか?」わたしは志茂田に向き直る。
「ええ、せっかくですから」
わたし達は塔に足を踏み入れた。中心に太い柱があるきりで、ぐるりとドーナツ状になっている。壁は滑らかな金属製だったが、継ぎ目1つ見当たらない。
「これって、ステンレスかなぁ」表面をなでながらつぶやく。
「違いますねえ。銀のような光沢ですが、それともまた別のようです」
一回りして、開きっ放しの入り口まで戻ってくる。源吉じいさんは、座ったまま、こっくり、こっくりと船を漕いでいた。
「源吉じいさん、中はがらんどうで何もないんですねっ」わたしは声をかけた。
「うん……?」目をこすりながら顔をあげる。「そんなことはないぞ。柱のどこかに赤いボタンがないかの。そいつを押してごらん」
「赤いボタンだってさ、志茂田」入り口から顔を引っこめて、志茂田に告げる。
「これのことでしょうか」早くも、志茂田が見つけた。柱に、さりげなく埋め込まれている。
「押してみていい?」バスの停車ボタンでも、子供の頃から真っ先に押すのが好きだった。
「どうぞ、むぅにぃ君」
わたしはボタンを押した。ピンポン、っと音がして、柱の一部が開く。
「エレベーター?」わたし達は互いの顔を見た。覗いてるばかりでは仕方がないので、うなずき合って乗り込む。
〔最上階まで参ります〕天井から機械的な声が響く。
「最上階だって」
「あのつぼみの部分ですね。すると、やはりこれは展望台でしたか」
けっこうな速さで昇っているらしく、耳がツーンと詰まる。10秒も乗っていなかったと思うが、やたらと長く感じられた。
チーン、とベルが鳴り、
〔お待たせしました。最上階でございます〕
エレベーターは停止した。
開いたドアの向こうは薄暗く、計器やパネルから無数の光が漏れている。
「展望台にしちゃ、窓が1つもないね」わたしは言った。
「なんでしょうね、この部屋は。まるで、制御室かコクピットのようです」志茂田は卓に歩み寄って、インジケーターを見下ろした。点滅する光が、その顔を赤、緑、青と照らす。
わたしは、もよりのがっしりとしたチェアーに座った。イスというより、操縦席とでも呼んだ方が、しっくりする。
「なかなか座り心地がいいよ」
「ほう、どれどれ、わたしも……」志茂田も、隣の席に着く。「これは楽ちんですね。さながら、宇宙船の艦長にでもなった気分ですよ」
エレベーターで聞いたのと同じ声がする。
〔準備が整ったようですので、これより発進します〕
「今、『発進』って言った?」わたしは志茂田に確認を求めた。
「そう聞こえました。ようやく正体がわかりましたよ。この塔、どうやらロケットだったようです」
どこからか低い音と振動が響いてくる。目の前の壁に、パッと大きなスクリーンが表示された。太陽系の立体モデルに、地球と太陽とを結ぶ線が描かれている。
「これって、まさか、太陽を目指してるってこと?」
「わたしの判断も、むぅにぃ君と同様です。このロケットは、太陽に向かって飛び立とうとしてます!」
立ち上がろうとするが、いつの間にか腰と肩をガッチリとロックされている。スクリーンは外の景色に変わり、さっきまでいた中央公園を上空から映し、目的地である太陽へと切り替わった。
「どうしようっ! ねえ、どうするっ?」シートに固定されたまま、わたしはジタバタとあがく。
「落ち着きなさい、むぅにぃ君。慌てたところで、どうにもなりませんよ。今は見守るよりほかはありません」志茂田は、こんな時でさえ落ち着き払っている。
「そんなこと言ったって、太陽にぶつかったら焼け死ぬんだよっ?」
「まあ、ぶつかる前に蒸発してるでしょう」と志茂田。「もっとも、これが普通のロケットなら、の話ですが。考えてもごらんなさい。大昔に建造され、長い間手入れもなしに、こうして動いているのですよ。ただ事ではありません。きっと、太陽の熱に耐え得る作りなのでしょう。これを造った誰かさんを、わたし達は信じようではありませんか」
スクリーンに映し出された太陽が少しずつ、大きくなっていく。フィルターがかけられているらしく、眩しくはない。けれど、あそこを目がけているのか、と思うと恐ろしくてたまらなかった。
「もう、だいぶ近づいたよね。なんだか、暖かくなってきたんじゃない? そろそろ、ロケットの外側が溶けてきたとか」心配でたまらず、聞く。
「いいえ、さっきから少しも室温に変わりはないように思いますね。気にしすぎているから、そう感じるのですよ」志茂田はまったく取り合わない。
本当にそうなのだろうか。実は暑いのに、気休めでそう言っているだけだったりして。わたしの中で、猜疑心が深まっていく。
太陽はすでに、スクリーンからはみ出してしまっている。あと数十分、いや、数分で衝突してしまうに違いない。
もはやこれまで、と覚悟をし、志茂田に今生の別れを告げようと向き直る。
すると、
「むぅにぃ君、あれを――あれをっ!」志茂田がスクリーンを指差して叫んだ。
わたしは顔を上げ、大写しの太陽を見る。
えっ、これってどういうこと?!
とうとう頭がヘンになってしまったのだろうか。それとも、これは幻?
(つづく)