大黒柱を壊す
面接のため、都内の高層ビルへと入る。24階建ての12階が面接場所だった。
「すいません、面接に来た者ですが」受け付けで声をかける。
「はい、鈴木貿易の面接ですね。エレベーターで12階まで行き、降りてすぐ左の部屋です」若い受付嬢が丁寧に教えてくれた。
「ありがとうございます」わたしはお辞儀をしてエレベーターへと向かう。
大きなビルだけあって、エレベーターも4基並んでいた。真ん中のがちょうど下り中だったので、ボタンを押す。
エレベーターが到着し扉が開くと、スーツ姿の数人がぞろぞろと降りてきた。入れ替わりに中へ入り、12階のボタンを押す。
高速エレベーターらしく、耳がツーンと詰まった。わたしは唾を飲み込み、耳の詰まりをおさめる。
「高速エレベーターって、なんで耳がツーンとなるんだろう」そう心の中でつぶやいた。不愉快というほどでもないが、あまり気持ちのいいものでもない。
12階に着くと、受け付けで聞いた通り左へ進む。最初の部屋には「すすぎ貿易面接会場」と名札がかかっていた。
「ここだ、ここ。なんだか緊張してきちゃった」
わたしは服装を見直し、ややこわばった手でドアをノックする。
「どうぞ」中から中年男性の声が返ってきた。わたしはそっとドアを開く。上座に机が置かれ、まじめくさった顔の男が座っていた。
「失礼します……」わたしは会釈をして部屋に入る。
「こんにちは。わたしが面接を担当する人事の野々原です。さあ、掛けて下さい」
言われるままに、わたしは机の前のパイプイスに腰掛けた。
わたしはいっそう緊張し、イスの上で大理石のように固まる。
「まあ、リラックスして下さい」野々原さんは笑いながら言った。
「あ、はい……」そうは言われても、なかなか緊張がほぐれるものではない。
「えーと――」野々原さんはあらかじめ提出してあったわたしの履歴書を眺めながら、「むぅにぃさんですね? まずお聴きしますが、当社へ応募された理由をお願いします」
「はい、あのその、海外との取引に興味がありまして、御社はこの業界でも大手ですし、実績があって信頼できる会社だと思ったからです」家でさんざん練習してきた口述をとつとつと行う。
「ふむふむ、なるほどです。たとえば、どんな商品が主力かはご存じですか?」
「はい。電子機器に力を入れています。とくに半導体部品では国内でも最大手と伺っております」
「そうですね。当社ではCPUなどを多数輸入しています。これらは国内でのパソコン・メーカーに供給され、組み立てられていますね。あなたはパソコンは持っていますか?」
「はい、不死通のノート・パソコンを使っています」
面接官はニッコリと笑い、
「それも当社が輸入したCPUを使っています。ほかにもマザーボードやハード・ディスクなど色々とです」
「パソコン関連が多いんですね」
「ええ、数年先には量子コンピューターをも視野に入れています。演算速度がおよそ1億倍にもなると予想され、各社で開発が急がれているんですよ」
「パソコンの1億倍ですか。それはすごいです」思わず感心してしまう。
「いいえ、スーパー・コンピューターの1億倍です。100万年かかる計算が、わずか数分で終わるのですよ。これはあらゆる意味で期待が持てますね」
わたしの緊張も次第に解け、和やかな30分が瞬く間に過ぎていった。
「それではこれで面接を終わりたいと思います。何か質問はありますか?」野々原さんが聞いてくる。
「いえ……特には何も」ちょっと考えるフリをして、わたしはそう返答した。
「では、結果は後ほど電話か郵送でお知らせします。遠いところをわざわざありがとうございました」そう言って立ち上がったので、わたしも慌ててイスから立ち上がり一礼をした。
「ありがとうございました。よろしくお願いいたします」
わたしはイスの位置をきちんと直し、部屋を出る前にもう1度頭を下げドアを閉める。
「ふう、終わったぁ。結果はともかく、これで一安心」ふうっと息を吐き、エレベーターに乗り込む。
1階に着いた途端、それまでの緊張のせいかトイレに行きたくなった。辺りをキョロキョロと見回すと、トイレのマークが描かれた案内板を見つけ、そちらへと歩いていく。
用が済んで手を洗いトイレの外に出ると、さっきは気がつかなかった鉄の扉を見つけた。
「なんの部屋だろう」なぜだか、無性に覗きたくなる。思い切って取っ手に手をかけると、キュッと回す。鍵は掛かっていなかった。
わたしは扉を開け、中を見渡す。煌々と明るく、10畳はありそうな部屋が現れる。
中央には真っ黒な柱が1本、でんと立っているきりだった。
わたしは誘われるようにして柱に近づく。黒曜石でできているようだ。つやつやと黒く光り輝いていて、なんとも美しい。見上げると、柱は吹き抜けとなったビルの最上階まで続いているらしかった。
「なんでこんなところに、こんな柱なんか……」そっと柱に手を触れてみる。心なしかたわんだ気がした。そんなはずはないと、今度は蹴っ飛ばしてみる。
するとメキッと音がして蹴ったところにヒビが入った。あ、まずいぞ、と思ったときはすでに遅く、柱は根幹から崩れ出す。
「これってまさか、このビルの大黒柱?!」わたしは不測の事態を考え、大急ぎでビルから逃げ出した。
外に出てビルを振り返ると、1階からボロボロと崩れていき、あっと言う間に瓦礫の山と化していた。
「ああ、やっちゃった。せっかく面接に来たのに、これじゃ骨折り損だよ」その場に座り込んで肩を落とすのだった。