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桃缶太郎

 お歳暮に桃缶が届いた。

「やったぁ! 桃缶なんて、自分じゃ滅多に買わないからもらうとうれしいよね」わたしは1人はしゃぐ。

 さっそく1缶取り出すと、蓋を開けようとした。ところが、どこにもタブが見当たらない。そうなのだ。この桃缶、フルオープンエンドじゃなかった。缶切りで開けるタイプである。

「今どき、こんな缶詰があるんだ……」わたしはブツブツ言いながら、キッチンの引き出しを搔きあさる。たしか、何年も前に100均で買った缶切りがあったはずだった。


 コンビニの箸やスプーンが何十本も詰め込まれている。いつも「いらないです」と断らないものだから、店員がそっとレジ袋に放り込むのだ。それが溜まりに溜まって、しかも使うあてすらない。

 ほかにもスーパーの袋が畳んでしまってある。数えたことはないけれど、きっと100枚はあるに違いない。エコ・バッグを持ち歩けばいいのだけれど、店内の買い物かごに入れて歩いていると、万引きと間違えられそうでいやだった。つい、手ぶらで買い物に出かけ、「すいません、レジ袋もお願いします」と言ってしまう。


 引き出しの中にあるのはそれだけではなかった。商店街で配っているポケット・ティッシュも相当数ある。ふだん、ボックス・ティッシュを使っているので、ポケット・ティッシュなど使う機会がなかった。

 コスメの試供品もごちゃっと溜まっている。もらえる物はなんでももらってくるのでこんなことになってしまう。ほかにも、スナックに付いてきたおまけやらレシート、どこでもらったのか安っぽいライターが数個、予備のしゃもじ、ペーパータオルなどでぎっちぎちだった。


 肝心の缶切りは、一番奥でようやく見つかった。まったく使っていないので、サビ1つない。

「あった、あった。買っておいてよかったぁ。何がいつ役に立つかわからないよね」

 わたしは桃缶に缶切りを突き立てた。「あぶねっ……」と声が聞こえた気がしたが、空耳のようだ。気を取り直して缶切りをぎこぎこと霧勧めていく。

 指1本分だけ残して蝶番代わりにすると、缶の蓋を開けた。シロップの甘い香りがふわっと広がる。缶の中には白桃が半切りの状態で浮かんでいた。


 わたしはフォークを手にすると、桃の1つをさくっと刺した。「だから、あぶねえって!」また声がする。今度は空耳じゃなかった。

「誰っ?!」わたしは辺りを見渡す。しかし、部屋の中には自分しかいないはずだった。いるはずがない。

 首を傾げながら、フォークに刺さった桃を口に運ぼうとした。すると、その桃から、

「おい、やめろ。おれを食うんじゃない」と怒鳴り声がする。よく見ると、桃の内側から小人が顔を覗かせ、こちらを睨んでいるのだった。


「な、なに? なんなの?」わたしは思わず桃を放り出す。

「気をつけろっ。桃がクッションになってなかったらケガをするところだったじゃないか」落ちた桃から、裸の小人が這い出てきて立ち上がりながらまくし立てた。

「あんたってば、なんなのさ」わたしは気味悪くなる。桃はよく虫が食うものだ。見た目はきれいでも、皮をむいていざ囓ると、中にイモムシが入っていることがある。あれはギョッとさせられるものだ。


 イモムシでも十分気持ちが悪いけれど、小人となるといっそう虫ずが走る。もう少しで一緒に食べてしまうところだった。

「あんたって何? と君は聞くんだな。おいらは桃缶から生まれた桃缶太郎だ。今どき、川に流されてきた桃なんか拾って食う奴はいないよ。だから、桃缶の製造ラインに紛れ込んで確実に人の手に渡るよう、システムが変わったんだ」桃缶太郎はえばりくさったように言う。


「桃缶太郎ねぇ――」わたしは中腰になって小人をじいっと見つめた。「桃太郎と一寸法師を足して2で割ったような感じだね。で、あんたはなんの役に立つっていうのさ」

「決まってるだろ。鬼退治に出かけるのさ。わかったら、さっさと着るものと武器、食料、金を出せ」

「鬼って……。生まれてけっこう経つけど、1度だってそんなもん見たことないんだけど?」わたしは言ってやった。

「鬼はいるっ、絶対に」桃缶太郎はきっぱりした口調で言い返す。

「どこに?」わたしもちょっぴり意地になっていた。


「ここ東京の地下3千メートルでひっそりと暮らしているんだ」

「ひっそり暮らしてるんだったら、なにもわざわざ退治に行かなくたっていいじゃん」

「むむ……」桃缶太郎は言葉を詰まらせる。

「鬼だって生きる権利があるんだし、別に襲ってくるわけじゃないんでしょ?」

「そ、それはそうだが……」

「じゃあ、なに? 何もしてないのに、勝手に領土へ押し入ろうっていうわけ?」

「うーむ……」座り込んでうつむいてしまった。


 その様子を見ているうちに、なんだかかわいそうになってきた。桃太郎にしても一寸法師にしても、鬼退治がライフワークである。人生から目的を失ったら、きっと虚しさだけが残るに違いなかった。

 なんとかして希望を持たせてあげたくなる。

「ねえ、趣味とか見つけない? プラモ作りとかスマホでネット・サーフィンとかさぁ」わたしは提案してみた。

「それって面白いのかい?」桃缶太郎はすがるような目で見上げる。

「面白いんじゃないのかなぁ。プラモ作りとかはわからないけど、歩きスマホが社会問題になっているほどだから、きっと夢中になるほど楽しいんだよ」


「ふうーん。スマホねえ」桃缶太郎はほほに手をついて考えるしぐさをする。

 わたしは部屋からスマホを取ってくると、桃缶太郎の目の前に突きつけた。

「ほら、これがスマホ。で、検索窓にワードを打ち込んでタップすると、関連した情報がこんなふうに表示されるの」

 桃缶太郎は身を乗り出してスマホを覗き込む。

「へえー、世の中便利になったもんだなあ。もっと詳しく教えてくれよ」

「うん、いいよ」桃缶太郎はうちの居候になりそうだ。「ところで、桃缶太郎は何を食べるの? ドッグフードでいい? 近所のペット・ショップで大安売りしてるんだよね。食費がかさまなくて済むしさぁ」

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