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いきなり仮想世界

 毎週欠かせないお気に入りのアニメ番組を観てると、唐突に臨時ニュースの画面に切り替わった。

「突然ですが、たった今、驚くべきニュースが入りました」女性アナウンサーは、いくぶん困惑した様子でそう告げる。「『神』と名乗る人物かアメリカのワシントンDC上空に現れ、『この世界は仮想世界である。諸君らはそこに存在する実態のないNPCだ。そしてわたしがこの世界をプログラミングした』と述べ、まるで煙のように消え去ったとのことです」

 わたしは腰を抜かしそうになった。NPCというのは、ゲームの中にいるプレイヤー以外の人間のことだ。イベントを提示したり、情報を教えてくれるあれである。


「じゃあ、生きている人間なんて本当はいないってことになるじゃん」正直なところ、まだあまり飲み込めていない。こういう時に頼れるのは志茂田ともるだけだ。

「もしもし、志茂田? 今のニュース見た?」携帯を耳に強く当てて、わたしは聞いた。

「むぅにぃ君、落ち着いてください。ええ、見ましたとも。この世界の創造主が現れたそうですね」いつもながら冷静な口調である。

「ここって、現実の世界じゃないんだって。どうする?」

「どうするもこうするも、わたし達にはどうにもできませんね」それが彼の答えだった。


「だって、仮想世界なんだよ。ゲームの世界なんだってばさ」

「むぅにぃ君、実はわたしもかねがねそうではないかと疑念を抱いていたのですよ。大昔から哲学者達は、世界はそもそも存在していないと言っていました。誰かの夢かもしれませんし、単なる幻想に過ぎないかもしれません。仏教でも『色即是空』という言葉があるでしょう。先人の中にはうすうす気付いている人もいた、ということですね」

「なんだか不安になってきちゃう。もう、ふつうに生きられない気がしてきたよ」わたしは思いの丈を吐き出す。

「真実を知ったからといって、何も変わることはないと思いますよ、むぅにぃ君」と志茂田。「わたし達だって、ゲームというシミュレーション世界を作っているではありませんか。ゲームの中の住人は、まさか自分達が仮想現実の中に生きていることなど、思いもよらないでしょう。それと同じことですよ」


 言われてみればそうかもしれない。特に最近のゲームは、まるで本当に生きているように表情を変え、会話をしてくる。

 わたしはふと思いついた。

「もしかしたら、ゲームの中の人達も自分達でゲームを作るかもしれないよね」

「その通りです。では逆に考えてみてください。わたし達の創造主は果たして現実の世界に生きているのでしょうか。彼もまた、誰かの創造物に過ぎないのかもしれませんよ」

 うーん、上にも下にもそうした階層があるのかぁ。まるで、合わせ鏡のようだ。


「でも、ここが仮想世界だと知って、みんなパニックを起こさないかなぁ」ゲームの中でモンスターを倒しても、罪悪感を抱く者などいない。現実ではないとわかっているからだ。けれど、この世界そのものがゲームの中だとしたら、お互いに殺し合ったり、犯罪を犯してもなんとも思わなくなるのではないか、そんな心配をしたのだ。

「保証してもいいですよ、むぅにぃ君。何も変わりはしません。つねれば痛い、これは間違いありませんね? それなら逸脱した行為をすれば逮捕されたり、非難されることもまた当然です。事実を知ったところで、普通に暮らすよりほかないのです」


「だけど、やっぱり薄気味悪いよ。なんだかこう、胸の奥をぎゅっと締め付けられている感じ」

「外に出てみましょうか。中央公園の噴水広場前で待っていますよ」

「うん、そうする……」わたしは電話を切った。

 もう5月。半袖でも暑いくらい。わたしは着替えると、家を出た。

 噴水広場前では、志茂田がベンチに座ってくつろいでいる。本の数日前までは止まっていた噴水が、涼しげに吹き出していた。

「志茂田、来るの早かったね」そう声をかけると、志茂田の隣に腰掛ける。

「実は外にいたのですよ。たまたま公園の近くまで来ていたので、待ち合わせにちょうどいいかと思いまして」

 わたしは少しの間黙っていたが、疑問を口に出してみる。

「木も葉っぱも空もなにもかも、現実にしか見えないんだよね。でも、これ全部、仮想世界なんだね」


「あなたは夢の中で、『これは夢だ』と言い切る自信がありますか?」志茂田が言った。

 またしてもわたしは考え込んでしまう。「うーん、わからないと思う」

「それと同じことなのですよ。夢の中ではそれが現実なのです。少なくとも、そこで生じた感情は紛れもなく本物です」

「でも、ここが仮想現実だとしたら、今隣にいる志茂田も現実じゃないってことでしょ? もしかしたら、すっごいAIを持ったNPCなんじゃないかって思っちゃって怖くなる」

「ほう、そういう考えに至りましたか」感心したように顎に手をやる。「それは哲学的ゾンビと言う考え方です。こちらの行動に対して、あたかも命ある存在のように返してくる。けれどそれは、あくまでも反射であって、中身がない……」

 

 わたしはますます怖くなってきた。志茂田という人間など初めからいなくて、見せかけだけのロボットに思えてきたからだ。

「でも、『自分』という意識があるのはなんなのかなぁ」

「『自分』が存在しているのなら、相手も『自分』という意識がある証拠ではありませんか。むぅにぃ君、あなたは物事を深く考えすぎるところがありますね。わたしは哲学的ゾンビなどではありませんよ。仮にそうだとして、それがなんだというのですか。今日が終われば明日がやって来ます。世界の真実がなんであれ、これまで通り変わらない日々が続くのです」

 そうなんだろうとは思う。それでもやはり、心の中には妙な違和感が残っていた。

 いつか科学が進歩したら、「この仮想世界」から抜け出す方法が見つかるのだろうか。抜け出したあと、どうするのか。

 暖かい日差しを浴びながら、わたしはぼんやりと考え続けた。

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