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はちまきさん

 こどものころ、近所に潤也くんという男の子がいた。みんなからじゅんちゃん、じゅんちゃんと呼ばれていて、男の子にも女の子にも人気がありまった。

 じゅんちゃんの何がおもしろいかって、いつも口を突いて出る、突拍子もないホラ話が最高なのだ。わたしたちはまだ、小学校に上がって間もない頃だったので、それがウソなのか本当なのか区別がつかなかった。

 たぶん、ほとんど頭っから信じていたんだと思う。なぜって、そうじゃなければ、じゅんちゃんはただのウソつきになって、仲間はずれにされていただろうから。


 じゅんちゃんは幼稚園の時、別の町から越して来た。その頃通っていた幼稚園での、「ほんとうにあった出来事」という前置きで、こんな話をしてくれた。 

「同じもも組のよっちゃんっていうやつがいてさ。けっこう、仲よかったんだ。おっもしれえやつで、一発ギャグでみんなを笑わせるのが得意だったんだ。

 あるとき、お遊戯教室でマイム・マイムの練習をしてたら、『頭痛いよーっ』って泣き出して、そのままぶっ倒れちゃったんだよ。

 おれも、ほかのやつらもびっくりしちゃってさ。先生もあわてて医者やらよっちゃんの親やらに電話しまくってた。救急車に乗せられていっちまったよ。で、それっきり、しばらくは幼稚園に来なかったな。


 やっと戻ってきたのは、そうだなぁ、たぶん4ヶ月くらい経ってからだと思う。よっちゃんが倒れた頃の工作がたしか、鯉のぼりだったから、5月になる前だったはず。

 で、次に幼稚園にやって来たのが、夏休みがおわってすぐだったんだからね。

 前の日に先生が、

『明日から、佐伯吉男くんが園に戻ってきます。病気でずっと入院していたの。まだ、すっかり治ったわけじゃないので、みんなで協力して、困っていたら助けてあげてくださいね』と言ってたから、あらかじめ来るのがわかってたんだよ。でもさ……。

 まさか、あんな変わり果てた姿になっているなんてっ!


 明くる日、よっちゃんは来たさ、たしかにね。来るには来たが、もも組の誰もが想像だにしない姿だった。

 みんな、あっと驚いたよ。少しウェーブのかかったフワッとした髪型だったんだ、以前はさ。それが、坊主刈りになっちゃってた。でも、おれたちがたまげたのはそんなことじゃない。

 よっちゃんの頭の周りにはミミズ腫れになった縫い目ができていた。縫い目の近くにはほとんど毛がなく、生っ白い地膚が、まるではちまきでも巻いたようだったんだ。

 変わったのは外観だけじゃない。前はあんなに明るくてお調子者だったのに、ほとんど口を利かないし、怒りっぽくなった。たまにしゃべることがあっても、舌がもつれたような物言いをするし、ときどき話の中身さえ理解できないこともあった。


 以来、誰もよっちゃんには近づかなくなったし、そもそも『よっちゃん』とすら呼ばれなくなったんだ。

 みんなは彼にこんなあだ名を付けたんだ。

『はちまき』ってね」


 たっぷり1分ものあいだ、誰も口を開こうとしませんでした。なにかこう、説明のつかない無気味な後味だけが、そこには残った。

 以来、大人になるまでわたしはこの話が強烈に心に焼き付いていた。

 「よっちゃん」はその後どうしたのだろう? 今でも元気に指定だろうか?

 当時はただ怖かっただけだが、大人になった今では事故か病気で頭蓋骨を外科的な処置したのだろうと想像がつく。

 それを当時のこども達は「はちまき」と呼んでいたのだ。思えば気の毒な話である。

 性格が変わってしまった、そうじゅんちゃんは言っていたが、それはきっと、脳に障害を負ったからに違いなかった。

 わたしはそうした話を遠い思い出として振り返りつつ、なんとも神妙な気持ちになっていた。

 こどもというのは無邪気である反面、残酷な一面をも持ち合わせている。この逸話は、まさにそうしたことを物語っていた。


 さて、そんなことを考えながらわたしは夕食の買い物へと出かけた。

 商店街はいつも通り混雑しており、どの店も忙しそうにしている。

 今夜はカレーにするつもりだったので、スーパーで野菜とルウを買い、その足で行きつけの精肉店へと向かった。ここの肉はいつも新鮮で、しかも割安なのだ。赤ら顔で太った主人も愛想がいいし、肉を買うならこの店と、常に決めていた。

 一通り食材を買い終えると、ホッとしたような心持ちで家路を急ぐ。帰り道もやはり人で溢れ返っていた。この時間はセールをしている店が多いので、それ目当てに殺到する客が多いのだ。

 わたしは競い合うのが好きじゃないので、ほとんどそうした場には出向かない。前に1度、中谷美枝子に付き合ってセールへ行ったことがあるが、まるで戦場のように思えたものである。


 商店街を抜けるまであと少しというところで、わたしは異様な雰囲気を察知した。

 人々が、まるで避けるようにしてある人物から距離をとっているのだ。

 何事だろうと、渦中の人物に目を向けると1人の若い男性だった。カジュアルな服装で、一見どこにでもいそうな1人である。

 ところが、頭を見てギョッとした。顔も髪型も普通だったが、額の当たりからぐるっと周囲に毛が生えておらず、まるではちまきを巻いているかのようだったからだ。

 わたしはとっさに、昔聞いたじゅんちゃんの話を思い出す。

「あれがもしかしたら、じゅんちゃんの言っていた『はちまきさん』じゃないんだろうか……」

 彼の表情には、およそ人間とは思えない無機的な感じがあって、どこか胸の奥を掴みあげられるような気味悪さをおぼえるのだった。

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