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学校にイヌを連れてくる

 ランドセルを背負って教室に入ると、何やら教室の後ろにみんなが集まってキャーキャーと騒いでいる。

 なんだろうと思ってランドセルを机に置くと、人だかりの方へいってみた。すると、黒い大きなイヌがいるではないか。

「なになに、どうしたのそのイヌ?」わたしは思わずイヌに駆け寄ると、他の生徒と同様、モコモコとしたイヌをなで回す。

「野村が登校途中で見つけて連れてきたんだ」誰かがそう言った。野村貴文はこれといって特徴のない男子だったが、見た目とは違い以外と行動力がある。それにはっきりと言いたいことを言う性格だった。

「ギッチョンに見つかったら怒られるよ」そう言いつつも、イヌの背中をなでる手は休めない。くりっとした黒い目、つやつやとした毛並み、人懐こく賢そうなこのイヌにぞっこんだった。


「ああ、注意するだろうね。でも、道端に放っておけなかったんだ」野村は答える。「保健所に連れて行かれるかもしれないし、そうなったら殺処分されるに違いないからね。食べ物だって必要だし、かわいがってあげる人がいなくちゃね」

 それもそうだ、とわたしはうなずく。

「家に連れて行って飼うの?」女子が聞いた。

「いや、うちはマンションだから無理。でも、なんとかしなければいけないね」

「名前はあるの?」わたしは尋ねた。

「うん、ゴンってつけたよ」と野村。内心、ああ、いかにもお似合いの名前だなと思う。

 首輪こそ付いていないものの、人に慣れているその様子から、もともとは飼い犬だったのかもしれない。きっと、捨てられたのだろう。そう思うと、いっそう愛しい気持ちになるのだった。


 始業のチャイムが鳴る。わたし達は名残惜しげにそれぞれの席へと着く。

 前の戸がガラガラと開き、ギッチョンが入ってきた。

 「ギッチョン」というのはあだ名で、片桐というのが本名だが、左利きなのと名字のゴロからそう呼ばれている。わたし達の担任だ。

 決して意地悪な先生ではないが、何しろ堅物で融通が利かない。正直なところ、生徒からはあまり好かれていなかった。

 ギッチョンは教壇に立つなり教室全体を見回す。そしてすぐに、一番後ろでくつろいでいるゴンを見つけた。

「誰です、イヌなんか連れてきたのは」咎めるような口調で言う。

 さっと野村が立ち上がり、「はい、ぼくです」と答えた。

「学校に犬を連れてきてはいけません。規則ですよ」とギッチョンは野村をじっと見つめる。

「はい、もう2度と連れてきません。お約束します」反論するかと思いきや、意外にも素直な返答だ。

「よろしい。着席してください。今日のところは大目に見ましょう」


 翌日、学校に来て見ると、廊下に段ボール製の犬小屋がこしらえてあった。もちろん、中ではゴンが気持ちよさそうに眠っている。

 連れて帰らなかったんだ。またギッチョンに怒られるぞ、とわたしは心配になる。

 始業時間になり、ギッチョンがやって来ると案の定、

「野村君、君は約束を破りましたね。イヌは連れてこないと、昨日あれだけはっきり言ったじゃありませんか」

 野村は立ち上がると、落ち着いた様子で切り返す。

「はい、ですから連れてきませんでした。昨日の放課後、犬小屋を作って学校に置いて帰りました」

 ギッチョンは一瞬言葉に詰まる。

「そういう意味ではありません」ギッチョンはイラだったような口調になった。「学校はイヌを飼う場所ではありません。勉強をするところです。すぐにでも連れて帰りなさい」


「イヌが授業を受けていけない理由はなんですか先生。それに、誰にも迷惑を掛けていませんが」野村は引き下がらない。

「わかりました。先生はもう何も言いません。校長先生に連絡しなくてはなりませんね。野村君の家にも連絡が行きますが、それでいいんですね?」

「はい、どうぞそうなさってください。ぼくは少しも困りませんから」

 こうしたやり取りとを、わたし達ははらはらしながら見守っていた。ギッチョンが怒り出して、手をあげるのではないかと思ったからである。

 しかし、先生はそうせずに、黙って教室を出て行った。言葉通り、校長先生に報告しに行くのだろう。

 ギッチョンがいなくなると、教室中がざわざわと私語で溢れ返った。

「まずいぜ、野村。校長先生は怒ると怖いらしいぞ」

「誰か、ゴンを飼える人はいないの? このままじゃ、野良イヌになっちゃうわ」

「雰囲気やばいよ。ギッチョンにへりくつは効かねえもんな」


 しばらくすると、ギッチョンが小太りの中年女性を連れて戻ってきた。校長先生だ。

 わたしは野村にどんな制裁が行われるのか、心配でたまらなかった。

「校長先生、ごらんになったでしょう? 野村という生徒が廊下でイヌを飼っているのですよ」

 てっきり、校長先生の怒声が飛んでくるに違いないと全員が身構える。

 ところが口から出た言葉はまったく予期していないものだった。

「確かにイヌが勉強をしてはいけないという法はありませんね。それに、生徒達の情操教育にはとても役立つとわたしは思うのです。見たところ、とても利発そうだし、第一に大人しいではないですか。片桐先生、わたしはこの件に関してなんの不満もありませんよ。むしろ、大賛成です。イヌは古くから人間のよい友達でした。わたし達教師も、できうる限りの手助けをして、ゴン――でしたっけ? の面倒を見ていこうではありませんか」


 教室中から拍手と喜びの声が巻き起こった。

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