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炊飯器男

 朝起きて、夕べセットしておいた炊飯器を開けてびっくりする。

「あれえ、炊けてないじゃん。ここのところ調子悪いと思ってたけど、ついに壊れちゃったかぁ……」

 とりあえず、コンビニでお弁当を買った来た。何しろ、お腹がペコペコでたまらなかったのだ。

 しかたない。新しい炊飯器を買わなきゃ。でも、あれって意外と高いんだよね。今月は痛いなぁ。


 そんなことを思いながら、ちょっぴり憂鬱な気分でコンビニ弁当をつついていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。

 わたしは箸を置くと立ち上がり、ドアを開ける。すると、そこには背の高い人物が立っていた。顔を見て、思わずギョッとした。というのも、頭の代わりに炊飯器が乗っていたからである。

「だ、誰っ?」引っ繰り返った声で尋ねた。

「おれだ、おれ。とにかく中に入れてくれ」くぐもってはいたが、その声は紛れもなく桑田孝夫のものだ。

「桑田なの?」

「ああ、そうだ。今朝起きたらこうなってた」後ろ姿を見ると、炊飯器から電源コードがだらりと垂れ下がっている。


「なんでそんなことになっちゃったの?」とわたしは聞いた。

「そんなの知らねえよ。ベッドで寝返りを打ったら、妙に違和感があってよ。頭に触ってみたらこうなってたんだ」

「病院には行ってみた?」

「行ったよ、そりゃあな。そしたら『うちじゃ専門外だから、電気屋に行ってくれ』って言われたぜ。電気屋に行ったら、『大丈夫ですよ、新品同様、ちゃんと機能してます』と言われた。無責任だと思わねえか?」

 わたしもそう思ったので、桑田と一緒になって憤慨する。

「今どきの医者はひどいね。ちゃんと診てくれないんだもんね」

「ああ、まったくだ。人がこんなに困ってるってのにな」


「ちゃんとご飯は食べられの?」わたしは心配した。

「そりゃあな。見ての通り、おれの頭は炊飯器だから、米と水さえ入れりゃあ、しっかりと炊けるぞ」

「あ、自給自足ってやつだね」わたしは手を叩く。

「ん? ああ、そうだな。今朝なんか、お袋が朝飯を作ってくれなかったもんだからよ、白米に五目の素を入れて五目ご飯にしてくったぜ」自慢げにそう言った。よく見れば、炊飯器には口が付いていて、そこから食べたりしゃべったりできるようになっている。

「便利でいいじゃん。うちなんか、炊飯器が壊れちゃってさぁ。近くのコンビニでお弁当を買ってきたんだよ。もう、けっこう使ってるからね。午後にでも量販店で炊飯器を見てこようと思ってたんだぁ」

「そうか。それは不便だな。よし、取りあえず昼飯はおれが炊いてやるよ。でもって、一緒に食おうぜ」桑田が持ちかけた。

「あっ、それいいかも。ちょうど業務スーパーで買った牛切り落としが1袋冷凍してあるんだよね。1キロで485円だよっ。フライパンで醤油炒めにして食べよう!」


「いいな。ちょうど肉が食いたいところだったんだ。さっそく、飯を炊こうぜ」桑田が言う。「ちょうど昼に炊けるよう、タイマーをセットしとけばいいな」

「うん、そうしよう」わたしは桑田の頭の蓋を開け内蓋を取り出すと、米を2合入れて、水で研ぎ始める。そのあと適量の水を入れ、内蓋を炊飯器に戻した。続いて、背中にぶら下がっている電源コードをコンセントに差し込む。

「今9時過ぎだから、3時間後に炊きあがるようにタイマーをセットしてくれ」桑田が促す。

 わたしは炊飯器についているタイマーを調整してきっかりお昼にセットした。

「お肉は冷凍されてるから、冷蔵庫の外に出しとかなくっちゃね。自然解凍してからじゃないと、カチンカチンだから」言いながらわたしは冷凍庫から牛切り落としの袋を取り出す。

 1キロ入りなのでずいぶんと多く見えるが、焼くと縮むのでたぶん、2人で食べきれるだろう。余っても、桑田なら楽勝で食べられるだろうから、大丈夫だと思う。


 30分もすると、桑田の頭から蒸気がモクモクと立ちのぼりだした。それを見て、わたし思わず吹き出す。

「むぅにぃ、何がおかしい」ムッとしたような口調で桑田が言った。

「だってさぁ、まるでマンガのキャラが怒ってるときみたいなんだもん」

「まあ、そうかもな。でも、別に怒ってるわけじゃないんだぞ」

「わかってるってば。そう見えるだけ。ああ、ご飯の炊けるいい匂いがしてきた……」

 ご飯が炊きあがり、蒸すまでまだ時間がある。わたしと桑田はビデオ・ゲームをして時間を潰す。レーシング・ゲームだ。最新のゲーム機だけあって、まるで本物のクルマでサーキットを走っているようである。

「おれはBRZに乗りてえとずっと思ってたんだ。やっぱ、スバルはいいよなあ」桑田の選んだクルマはいかにも速そうに見える。わたしはクルマのことはなんにも知らないので、無難にフィットにした。流線型のフォルムがかっこいいと思ったからだ。

 スタート・ランプが1、2、3と順に点灯し、白黒の市松模様の旗が揚がる。わたしはコントローラーのアクセル・ボタンを押した。桑田とほぼ同時に押したはずなのに、あっと言う間に先を行かれてしまう。

「見ろ、BRZのこの加速を! フィットなんかしょせんファミリー・カーにすぎねえっ」


 そうこうしているうちに、桑田の炊飯器は保温ランプに変わっていた。時計を見ると、ちょうど12時。ご飯が炊けたのだ。

 わたし達はゲームを中断する。わたしはどんぶりを2つ、棚から取り出すと、十分に解凍が終わった牛切り落としを袋からドサッとフライパンにぶちまける。脂がたっぷりなので、食用油を敷く必要はない。熱々のフライパンの上で肉が踊り始める。醤油を垂らしながら、フライ返しで丁寧に肉をかき混ぜていった。

「いい匂いだ。腹の虫がグーッと鳴いてるぜ」と桑田。

「安いお肉だけど、けっこうおいしんだよ、これ」わたしは肉の赤身が消えるよう、まんべんなくかき回していく。

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