コンビニの謎
桑田孝夫の運転するケットラで、森の奥深くにあるコンビニへと向かう。わたしの住む地域で唯一のコンビニなのだ。
「なんで町の中にコンビニがないんだろうね。今どき、どこの田舎にだってコンビニくらいあるのにさ」わたしは言った。
「まったくだ。よりにもよって、森ん中に作るこたえねえのにな」桑田もうんうんとうなずく。
国道から右にそれ、農道へと入る。アスファルトがしかれていないので、ガタゴトと車体が揺れてたまらない。
左右には田んぼが広がっていた。まだ乾いた土ばかりだが、そろそろ水を引いて田植えが始まる頃だ。
「そろそろ森に入るぞ」桑田がぼそりとつぶやく。農道の終わりが見え始め、森へと続く細い道が現れ始めた。
「ここの森って、暗くて不気味だよね。1人じゃ入りたくないなぁ」とわたし。
「なのに、コンビニは24時間営業ときてる。まったく、わけがわからねえよな」
この森のコンビニは、オリジナルハンバーガーを売りとしていた。テリヤキバーガーなのだが、明らかに牛肉とは違う。ちょっと硬めの肉で、独特の味がした。町でも評判で、通称「謎肉バーガー」と呼ばれている。
わたし達はそれをお目当てに向かっているのだった。
「ねえ、桑田。まだ残ってるかなぁ、謎肉バーガー」
「そうあることを願おうぜ」桑田は楽観的だ。「まあ、売り切れていたらいたで特製肉まんでも買おうぜ」
肉まんもまた風変わりで、なんというかこう、舌にまといつくような肉を使っていた。それもまたおいしいので、どちらでもいいかなとわたしは思う。
森に入ると、さらに道が悪くなる。でこぼこしている上に、ときどき太い木の枝が落ちていたりするので、シートごとドンッと突き上げられた。
しかもうっそうと茂った常緑樹のため、昼でも暗い。魔物でも出てきそうな雰囲気だ。
そんな森をケットラは延々2時間も走り続ける。
「あ、見えてきた!」わたしは前方を指差した。木々の陰から「ノーソン」という見慣れた看板が現れる。
「着いたな」桑田はケットラのギアをファーストに入れると、ゆっくりノーソンの駐車場につけた。
ケットラのエンジンは付けたまま、わたし達は降りる。
ノーソンのドアは自動ではないので、押して入らなくてはならなかった。さっそく、レジ前にある謎肉バーガーに目をやると、保温器の中でおいしそうにいくつも並んでいる。
「あった、あった。よかった」わたしは小躍りしたい気持ちを抑えながらレジの向こうを見た。
しかし、店員がいない。
「変だな。いつもなら、2人いるのによ」桑田はいぶかしそうに首を傾げた。
「トイレかなぁ」
「ふつう交代で行くもんだろ。どうも、様子がおかしい」そう言うと、レジの中へと入り出す。
「ちょ、ちょっと桑田。怒られるってば」わたしは慌てて止めた。けれど、誰も注意しに来る様子はない。
「店にはいねえようだぞ。むぅにぃ、お前も来てみろ」
「えー、でも……」わたしは躊躇する。
「ほら、グズグズしてねえで来いったら」
わたしはしぶしぶとレジへと入った。確かに人の気配がまったくしない。
「どこに行ったのかなぁ」
「バックヤードも見てみようぜ」言い終えるが早いか、桑田はバックヤードへと足を向けた。わたしもそれに続く。
在庫が山のように積まれているところは普通のコンビニと同様だったが、なぜか調理場まで揃っていた。
「コンビニってさ、店の中で調理なんかしないよね、ふつう」わたしは不思議に思い、桑田に聞く。
「ああ、きっとここで『謎肉』を作ってんだろう。どれ、なんの肉か調べてみようぜ」
桑田は奥の方にある大きな冷凍庫をそっと開けてみた。そして「おおう、こいつは!」と声を上げる。
桑田の陰になっていたわたしも興味をそそられて、わきから顔を覗かせた。思わず、ギョッとする。というのも、熊の頭が丸ごと入っていて、目が合ってしまったのだ。
「謎肉の正体はクマだったんだ……」
「ああ、そうらしいな。どうりで味わったことのない肉だと思ってたぜ」
体の方はあらかた解体されてしまっていたようで、ほとんど残っていなかった。
ほかにも不自然に大きなロッカーがあったので、中を見てみる。そこには数丁の猟銃が立てかけられていた。
「なんとなくわかってきたぞ、むぅにぃ」桑田が顎をさすりながら言う。「ノーソンの店員はクマを密漁してたに違いない。だから堂々と『熊肉バーガー』と表示できなかったんだ」
「警察に言った方がいい?」恐る恐る言う。
「ばか、そんなことしたらあのうまい『謎肉バーガー』が食えなくなっちまうだろうが」それが桑田の見解だった。
わたしもそれには賛成だったので、うんうんと首を振る。
店の外でガタガタと物音がしたので、わたし達は急いでレジを出ると、何気ない顔をしてレジの前に並んだ。
「あ、どうもどうもいらっしゃいませ。お客様がいらしているとは気付きませんで」店員はちょっとびっくりしたように言う。後ろにいたもう1人に小声で、
「裏から回って。お客さんには気付かれないように」と言っているのが聞こえた。
うしろの男は、何やら重そうなものを引きずりながら店の裏へと姿を消す。ちらっと、猟銃らしきものが見えたが、わたしはあえて気がつかないフリをするのだった。