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お面ライダー

 桑田孝夫と商店街をぶらぶら歩いていたときのことだった。突然誰かが、

「ドロボーだっ。誰か捕まえてくれ!」と怒声が聞こえた。

 声の方を振り返ると、サラリーマンふうの男が両手をブンブン振り回しながら騒いでいる。その先を見ると、若い男が何かを抱えるようにして逃げていくのだった。

「大変だ。桑田、ドロボーだよ。ほら、あれっ」わたしは思わず桑田を揺する。

「ふてえ野郎だ。おれが捕まえてやるっ」そう息巻く桑田は、駆け出そうと構えた。

 そのとき、どこからともなくチャリンチャリンと自転車を漕ぐ音が聞こえてくる。ママチャリに乗ったその人物は、縁日で売っているようなヒーローもののお面を付けていた。

「あ、お面ライダーが来た!」わたしは声を上げる。この界隈では有名なおじさんで、悪事を見つけるやいなや、どこからともなくやって来る「正義の味方」なのだ。

「お面ライダーが来たんじゃ、一安心だな」と桑田。「あんななりをしてっけど、絶対に悪人は逃がさねえからな」


 お面ライダーは、全速力で自転車をかっ飛ばすと、逃げる男に追いついて背後からラリアートを食らわせる。犯人はそのままつんのめって、あっと言う間にお面ライダーに取り押さえられた。

「お、お面ライダーか――。ちっ、ついてねえやい」男はぶつくさと吐き、観念する。

「さあ、ひったくったものを返してもらおうか」お面ライダーはバリトンの聞いた声で言った。

「わかったよ。あんたにゃかなわねえ」そういうと、しぶしぶアタッシュ・ケースを引き渡す。

 息せき切って駆けつけたサラリーマンは、2人の前まで来ると膝に手を置きはあはあと腰を曲げた。お面ライダーはアタッシュ・ケースをサラリーマンに手渡すと、

「これからは気をつけてください」と忠告する。

「ありがとう、お面ライダー。あんたのおかげで、大事な書類を取り戻すことができたよ。なんと礼を言っていいやら」

「なあに、わたしはいつでも正しき市民の味方ですから」そう言うと、ママチャリに颯爽と跨がり、いずこかへと去って行った。


「見た目はアレだけど、お面ライダーってかっこいいよね」わたしは桑田にそう言う。

「ああ、見た目はアレだけどな」桑田も相づちを打った。

 お面ライダーのお面はいつも同じというわけではない。あるときはロボットものだし、またあるときは変身ヒーローものだったりする。ときどき魔法少女のお面の時もあった。

 ただ、その素顔は誰も知らない。服装は作業服で、左胸には「昭和工業」という刺繍があることから、そこの社員であることはわかる。昭和工業は3丁目にある中小企業なので、知っている人は知っていた。知らない人は知らない。それくらいの会社である。

 知っている人でお面ライダーに救われた者は、昭和工業宛てにお礼の手紙やときには菓子折などを送ってくる。

 ちなみにこの会社では、電子機器などを手がけていた。ホームページも持っているので、しばしば読者から「お面ライダーは誰なんですか?」という問いが寄せられている。けれど一般社員はもちろん、代表取締役すらその正体は知らないのだった。

 ただお礼の手紙や菓子折が贈られるたび、それらをホームページ上で紹介し、「当社としても喜ばしい限りです。かえって恐縮してしまいます」などと返答していた。


 そんなこともあり、わざわざ「昭和工業」とアイロン・プリントしたTシャツやジャケットが販売され、これがまた売れに売れているのだった。

 あるとき木田仁に会ったときなど、背中に「昭和工業」とでかでか書かれたブルゾンを着ているのを見た。

「ついでにお面も付けたら?」と冗談半分で言うと、

「ああ、それはいいね。おいら、いまお面ライダーに凝りつつあるんだ。アメ横あたりの駄菓子屋に売ってるかなあ、お面」などと言う始末である。

「3のつく日は縁日だから、そこで買えばいいんじゃない?」わたしは肩をすくめた。

「あ、そうか。明後日だね。一緒に行ってくれないかい? いいお面があったら、似合うかどうか見て欲しいんだ」

「べ、別にいいけど……」木田は凝り性なので、本気で言っているのがよくわかった。

「3、4個買っておこうと思うんだ。あとさ、昭和工業の作業服が欲しいんだけど、どこで売ってるだろうね?」

「うーん、わからないけど、ワークマンとかにありそうじゃん」

「ワークマンかっ! 確かにあそこだったらあるかも。そんでもって、左胸に『昭和工業』って刺繍を入れてもらうんだ。あと、ママチャリも買わなきゃなあ。うちの自転車はロードバイクだからさ」

 こんな具合にますますのめり込んでいく。


 お面ライダーは地元の新聞にもしばしば記事として載っていた。月に3、4度ほどは書かれているだろうか。

【お面ライダー、今日もまた正義を成す!】そんな見出しで、事件のあらましが書かれているのだ。

 それにもかかわらず、一向に本人が名乗り出ることはなかった。思うに、彼は純粋に正義のために行動しているのだろう。偽善者でも売名行為でもないことが見て取れる。

 それだけに住民達からはリスペクトされていた。

 お面ライダーの善行はなにも、犯罪者を捕らえることばかりではない。町のゴミ拾いに参加したり、貧しい子供のためにランドセルなどをプレゼントしたりと様々だ。もしかしたら、彼は本当は「昭和工業」の社員ではないのではないか、そんな噂もあった。

 というのも、いつでもどんなときでもお面ライダーは現れるからである。会社員ならそんな暇などないはずである。それに安月給では、子供達に支援するなど無理だろう。

 もしかしたら、どこかの金持ちが道楽で行っているのかもしれない。

 だとしても、彼がわたし達の良き友人であることに変わりはなかった。

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