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シャスターを呼ぶ

 深い森の奥にオーク達の村があった。人間達からの迫害のすえ、ようやくと見つけた安寧の地だった。

 わたし達の一族は、この小さな村で数百年という月日を穏やかに暮らしてきた。作物を育て、イノシシやときにはクマを狩り、村中で分け合う。質素な生活ながら、誰もが満足していた。

 わたしが12になった頃、突如としてあれが現れた。長老が言うのには、それはリッチという魔物で、かつては強力な魔法使いだったが、よこしまな心に取り憑かれ、ついには自分に魔法をかけて不死となった存在なのだという。


 リッチはしばしば村にやって来ては、オークを連れ去っていった。ここ半年ばかりで、すでに100人をとうに超えている。

 労力としてこき使っているらしく、山の頂上には石造りの城が着々と出来上がっていた。

 もちろん、わたし達も黙ってはいなかった。屈強の戦士がリッチを倒そうと向かったが、戻ってきた者はいない。魔法には魔法と、魔術の心得のある数人が立ち向かったが、命からがら帰ってきた1人によれば、リッチの魔力はオーク・メイジとは桁違いだったという。炎の柱で跡形もなく塵にされてしまった者、激しい稲妻で体を貫かれてしまった者、猛烈な冷気で凍らされ打ち砕かれてしまった者など、どれもオークの魔法ごときでは太刀打ちできないものばかりだった、そう語るのだった。


「ロイ・クロッセンを呼ぶしかあるまい……」長老がぽつりとつぶやく。

 たちまちオーク達の間からどよめきがわき起こった。

「正気ですか、長老。奴はシャスターですよ。われわれを1人残らず葬ってしまうに違いない!」若いオークが震え声で反論する。

 わたしも小さな頃からシャスターの話は聞いていた。彼らは人間が魔物と呼ぶものをただひたすらに虐殺して回る、恐ろしい連中なのだ。

 夜、母が「さあさあ、早く寝ないとシャスターがやって来るわよ」とわたしを震え上がらせたものだ。

 なかでもロイ・クロッセンは伝説的なシャスターとして知られており、あのドラゴンすらもその名を聞いて逃げ出すという。


「わしは1度、彼に会ったことがある」長老は続けた。

「よく逃げられましたね」別のオークが感心したように言う。

「いや、逃げたのではない。救われたのだ」と長老。「若い頃のわしは無鉄砲で怖いもの知らずだった。1人で国中を旅しておった。とある森で、運悪くトロールの群れに囲まれた。トロールの1匹はわしを掴みあげると、棍棒で殴りつけようとした。わしはもはやこれまで、とあきらめた。だが、その手は急に緩み、トロールは地に倒れそのまま息絶えた。そばには顔まですっぽりと覆った灰色のローブを着た人物が立っておった。ほかのトロール達はその者に向かって躍り出たが、彼は目にも止まらぬ速さでそれをかわし、こぶし1つで7、8匹のトロールを倒してしまった。息をつく暇すらなかった。ローブの男は振り返りもせずにこう言い残して去って行った。『助けが必要になったら、マタタビと硫黄を混ぜた狼煙を上げよ。いつでもはせ参じよう』とな」


 オーク広場は水を打ったようにしーんと静まり返った。

「シャスターはみな、冷徹で無慈悲な者ばかりだと思っていた……」誰かがつぶやく。

「どうせ、このままでもリッチに皆殺しだ。ならば、ロイ・クロッセンに頼ってみてもいいのではないか」

 ささやきがやがて波紋のように広がり、ざわめきへと変わっていく。

「ならば決まりだな」長老はうなずいた。「みなの者、森へ行きできるだけたくさんのマタタビを集めてくるのだ」

 オーク達はちりぢりに森へと入っていった。わたしもあとを追うようにして村を出る。森の外れに小さな噴火口があるのを知っていたわたしは、そこで硫黄のこびりついた小石を持てるだけ採った。

 村に戻ると、広場の真ん中では薪と共にマタタビの枝が山のように積んである。わたしはそこに硫黄の付いた小石を撒き散らした。


 長老が手を掲げると、おのおのが薪の山に火を放つ。強烈な悪臭と共に黒い煙が立ちのぼった。続いて魔術師がその煙に言霊を乗せる。

「ロイ・クロッセン殿、どうかリッチを倒してくだされ」

 薪は日が暮れても炎を吹き上げ続けていた。

「狼煙に気がついてくれるだろうか」

「我々のためにリッチを退治してくれるだろうか」

「果たして本当に来てくれるだろうか」

 オーク達は不安を拭いきれずにいる。無理もない。シャスターは大昔から語り継がれてきた死に神のようなものなのだから。

 

 そして朝が訪れた。わたしは広場の中で腕を枕にして眠ってしまっていた。目を醒ますと、長老と数人のオークが薪を囲んで座り込んでいるのみで、やはりほとんどが眠ったままだ。その薪もすっかり燃え尽き、灰となっていた。

 1人、また1人と起き出す。

「長老、ロイ・クロッセンは現れましたか?」わたしは開口一番にそう聞いた。

「いや、彼はついに姿を見せなかった」その口調は重い。

 日が昇るにつれ、オーク達は次々と起き出し、わたしと同じ問いを長老に投げかけた。長老はその度にゆっくりと首を横に振るのだった。

 そのとき、村に人影が見えた。ロイ・クロッセンか、とわたしは思った。しかし、それはただのオークに過ぎなかった。

 さらに数人のオークが村へと入ってくる。その後もあとからあとから、大勢のオーク達。

 

 その中の1人が手に持ったまま長老の元へと近づく。

「長老、これを――」それは呪術的な首飾りだった。

「むう、これはまさかリッチの……」

 村に戻ってきたそのオークは言う。

「昨夜遅く、我々が造っていた城へ灰色のローブを着た男がやって来て、あの恐ろしいリッチを瞬殺しました。解放されたオーク達は、一晩かけて、ようやくと村に帰ってくることができたのです」

「ほう。で、その男はどこに?」

「一言も発することなく、いずこともなく去って行きました」

 ロイ・クロッセンは確かにわたし達の願いを聞き届けてくれたのだ。村中のオークはそっとひざまずき、心の底から礼の言葉を述べ合うのだった。

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