どこかで聞いたようなアニメを観る
休日の朝、ベッドの上で背伸びをしながら起き上がった。
ベーコン・エッグを作り、食パンを焼きながらインスタント・コーヒーを淹れる。
「朝はやっぱり、パンがいいなぁ。オープン・カフェだったらなおいいけど、近所の喫茶店じゃどこも休みの日はモーニングやってないんだよね」そう独り言を言いながらテーブルに着いた。こんがりと焼けたパンの香りが、わたしのお腹をぐう~っと鳴らす。ブルーベリー・ジャムをたっぷり塗って、勢いほうばると口の中に甘酸っぱい味がじんわりと広がった。
熱いコーヒーを一口すする。ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーは、まだ残っていた眠気をすっかり吹き飛ばしてくれた。
リモコンに手を伸ばすと、テレビをつける。ちょうど天気予報をやっていた。
「今日は全国的に快晴でしょう。傘の必要はありません。お出かけにはうってつけの日和ですね。ご家族で行楽などいかがでしょうか」
お天気リポーターの言う通り、この時期にしては暖かい陽気だ。午後は近所の森林公園でも散歩に行ってこようかな。
天気予報が終わり、CMが流れる。チョコレートのコマーシャルでは、女優がいかにもおいしそうに板チョコをほおばっている。わたしは超が付くほどの甘党なので、思わずゴクリと喉を鳴らした。
「後でこのチョコ買ってこようっと」まったく、CMの効果は絶大だ。視聴者の心理をしっかりと捉えている。
8時の時報と共に、アニメが始まった。「ざんぱんまん」というタイトルだった。
「なんだか、どっかで聞いたことがあるような……」わたしは半熟卵をフォークで切り裂きながら思う。
「きょーうも、せーかいの、へいわをまーもるため、それいけざんぱんまーん――」オープニング・テーマが流れ、「生ゴミ」と書かれたビニール袋を被ったキャラが空を飛んだり、敵にパンチを食らわせていた。
「なに、これ? ちょっとばっちいヒーローだよね」そうつぶやきながらも、惹きつけられて観てしまう。
「その15話・ボツリヌスキンマン登場!」と副題が表示され、物語が始まった。
「博士、じゃあ町の平和のために行ってきます」生ゴミ袋を被った人物が、赤いマントをひるがえして空へ舞う。
「行っておいでざんぱんまん。残飯が腐ったら、いつでも戻っておいで。新しい残飯を用意しておくからな」博士が空に向かって叫んだ。
「新しい残飯って……」わたしはちょっと食欲が失せる。口に運びかけていたベーコンを皿の上に戻した。
ざんぱんまんはふらりと路地に降りると、近くで遊んでいた男の子に駆け寄り、声をかける。
「やあ、ぼくはざんぱんまん。君、お腹が空いてないかい? さあ、ぼくの頭をお食べ」そう言って、生ゴミと書かれたビニール袋を突き出す。どうやら袋を被っているのではなく、それ自体が彼の頭なのらしい。
「えっ、いいよ、いいよ」男の子は鼻をつまみながら後ずさりをする。何しろ生ゴミの詰まった頭なのだ。誰だって嫌に決まっている。
「遠慮しないで。さあ、たらふくお食べ」ざんぱんまんには空気を読む頭がないようだ。
「嫌だったら! お願い、それ以上近づかないでっ」男の子はきびすを返して逃げ出してしまう。ざんぱんまんはそんな男の子を、ただポカーンと口を開けて見送るのだった。
「なんでぼくはみんなから嫌がられるのかなあ。よかれと思ってしてるのに……」
わたしは心の中で、当たり前じゃん、だって臭いんだからと突っ込まずにはいられなかった。
そのとき、1人乗りUFOがふらふらと飛んできて、ざんぱんまんの前に着地する。中から出てきたのは、毛むくじゃらのキャラだ。ざんぱんまん同様、マントにグローブ、ブーツ姿をしている。ただし、色はどぎつい紫色である。
「誰だっ」ざんぱんまんが聞くと、
「オレはボツリヌスキンマンg型だ。世界征服をもくろんでる」
「そうはさせないぞっ。世界の平和はぼくが守る!」
「フフフ、オレに勝てるかな。オレの毒素は0.8μgで人を死に至らしめることができる。LD50は0.0000011、青酸カリの3億倍、0.5kgで全人類を滅ぼすことができるんだぞ」
わたしはゾッとした。前に志茂田ともるからLD50のことを聞いたことがあった。確か、半数致死量とかいって、投与された半数が死んでしまうという意味だったはずである。数値が低いほど毒だという。フグのテトロドトキシンですら、LD50は0.2位だったと記憶している。
ざんぱんまんは一瞬ひるんだ様子を見せたが、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「おまえが来ることはわかっていたぞっ。つい最近、ボツリヌス菌h型が発見されたことを博士に聞いた。そいつの毒素はわずか20gで全人類を死滅させるということもな。そのために博士は対策を立てていた」そう言い、ポケットからカプセルを取り出す。「こいつがその秘密兵器だ。食らえっ!」
ざんぱんまんの投げたカプセルはボツリヌスキンマンg型に当たって炸裂する。白い煙が立ちのぼり、ボツリヌスキンマンg型を包み込んだ。
「グムムッ! 次亜塩素酸かっ。さすがのオレも、こいつにはかなわん。もはやこれまで……」ボツリヌスキンマンg型はそのまま息絶える。
ざんぱんまんは両手を腰に胸を張り、
「今日も世界の平和を守ったぞ。さあ、博士の元に戻って腐りかけの頭を、新鮮な残飯に替えてもらおう」そう言って空の彼方へと飛んでいくのだった。
「なんて変なアニメだろう。こんなのこどもが観ても面白いのかなぁ」そうは言ったものの、食事も忘れて没頭してしまっていた自分に気がつく。「来週もまた観ようかな」
それと、まめな手洗いも習慣づけるようにしよう。ばい菌なんてどこにでもいるものだから。