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「こんな夢を観た」を書く

 いつものように「こんな夢を観た」を書こうとして、はたと困った。

 というのも、ここ数週間まったく夢を観ていないのだ。あるいは観ていはいるが、忘れてしまっているのかもしれない。これでは「小説家になろう」に投稿ができない。

 小一時間ほどパソコンとにらめっこをしていたが、ふうっと溜め息をついてうなだれる。

「仕方ない。桑田孝夫に電話して、最近観た夢でも聞いてみようっかな」わたしはスマホを取り上げ、桑田に連絡をしてみた。

「おう、むぅにぃか。どした?」いつものようにのんきな声が聞こえてくる。

「ね、あのさ、最近なにか面白い夢とか観た?」わたしは単刀直入に尋ねた。

「夢? うーん……超巨大なバナナを腹一杯食う夢を観たな」

「そんな夢じゃ、全然だめだってば。もっと面白い夢を観てよね」理不尽とはわかっていながらも、わたしは食ってかかる。

「ばか、夢なんて好きに見れるもんじゃねえだろが」そう言って、一方的に電話を切られてしまった。


 よし、じゃあ中谷美枝子に聞いてみるか。

「もしもし、中谷? なんか面白い夢とか観た?」

「え? 何それ」電話の向こうであっけにとられたなかたにのかおがみえるようだった。

「だからさぁ、面白い夢。何か観なかった?」とわたし。

「ああ、夢ね。あたし、寝付きがいいせいか、あまり夢は観ないんだ。どうして?」

「あのね、『小説家になろう』に週一で観た夢を投稿しなくちゃならないの。だけど、ここんとこ夢を観てなくってさぁ」

「そっかあ。ごめんね、役に立てなくって。そうだ、志茂田なら何か観てるかもよ。あの人、いつも考え事ばかりしてるじゃない? きっと、夢の中でもそうだと思うな」

 そっかぁ、志茂田ともるなら面白い夢を観ているかもしれない。

 わたしは中谷に礼を言って電話を切ると、さっそく志茂田にかけてみた。


「はい、むぅにぃ君。なんでしょうか?」志茂田が聞いてくる。

「ねえ、志茂田。最近、何か面白い夢を観なかった?」

「面白い夢……ですか」志茂田はしばし黙り込む。「そうですね、背中に羽が生える夢を観ましたよ」

「それっ! もっと詳しく教えてっ」わたしはここぞとばかりにたたみかけた。

「いいですよ。朝、目が覚めたら背中に違和感を覚えましてね。なんだろうと思い、シャツを脱いで鏡に映してみると白い羽毛の着いた翼が生えていたんですよ。ほら、ちょうど絵画などでお馴染みの天使のような」

「うんうん、それからそれから?」

「なんとなく飛べるような気がしたものですから、2階の窓からそのまま飛び降りました」

「で、飛べたの?」

「ははは、それが残念なことにいくら羽ばたいても無駄でした。わたしはそのままアスファルトの地面に落下して、はっと目を醒ました次第です」


「そうなんだ……」わたしはちょっとがっかりした。空まで飛んで、どこか別世界にでも行ったというのなら話になるが、どすんと落ちたのではつまらなすぎる。

「まあ、考えてみれば当然ですね。小さな翼などで人間が空を飛べるはずがありませんから。そうですねえ、少なくとも両方の羽を広げて4、5メートルは必要でしょう」夢の中のことなのに、やはり論理的だ。

「他に何かない? すっごく面白い夢」わたしは催促する。

「そうですね、大統一理論を発見する夢を観ましたよ」

「それって何?」今度はわたしが質問をする番だった。

「宇宙には強い力、弱い力、電磁力、重力の4つの力が存在しますが、これらを1つにまとめる方程式のことですよ。夢の中で、わたしはこれを解いて学会に発表したのです」

「ふうーん。それって、そんなに凄いことなの?」

「むぅにぃ君、凄いなんてものじゃありませんよ。アインシュタインでさえ成しえなかったことなのですよ。現代物理学でもまだ未解決なのです。もし本当にそれができたなら、ノーベル賞は間違いないでしょうね」


 そのあと、志茂田は量子論だの超ひも理論だのを持ち出し、ながながと熱弁をふるい、わたしを心底うんざりとさせた。

「とにかく、ありがとう。色々とヒントになった気がする」わたしは口調に心情がなるべく表れないよう、そう言う。実際、志茂田の論調などひとつも理解できなかったが。

 背中に羽が生える夢かぁ。確かにそれ自体は夢があるが、飛べないんじゃなぁ。ちっとも話が盛り上がらない。

 うーんと唸りながら、パソコンに記録している「夢日記」を読み返してみた。けれど、ほとんどが寝起きに書いたものばかりなので、支離滅裂で推敲し直したとしてもまとまりのない文章になることは目に見えていた。

「どうしよう。明日は金曜日。投稿に間に合わなくなっちゃう」わたしは焦る。

 いっそ、創作してしまおうか。そう考えつくが、そちらの方がよっぽど難しいことに思い当たる。夢なら、それを整理整頓して書けば済むけれど、創作はそうはいかない。わたしには想像力が無いのだった。


 気がつけば、悩み始めてからもうすでに6時間も経っている。

 そのときだった。いきなりスマホから「妖怪ヴォッチ」の曲が流れ出した。

「誰だろう?」スマホに表示されているのは見知らぬ番号だ。わたしは用心しながら電話に出る。

「こんにちは、夢野さんのケータイですか?」ふわっと柔らかな女性の声が聞こえてきた。わたしははて? と首を傾げる。わたしのペン・ネームを知る人で番号を教えた相手などいないはずだった。

「あのう、どなたでしょうか?」

「わたしですよ、れみ。れ・み」相手はそう名乗る。

「えーっ、れみさん? なんてこの番号知ってるんですか」わたしはびっくりしつつも内心うれしかった。

「ふふ、それはひ・み・つ」れみさんはイタズラっぽく笑う。「それより、夢の話、聞きたくありませんか? 昨日、凄く面白い夢を観たんですよ。それをどうしてもお話ししたくて」

 渡りに船とはこのことだった。

 わたしはスマホを痛いほど耳に押し当て、その「面白い夢の話」にじっくりと聴き入った。


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