軽石山へ行く
桑田孝夫からメールが来ていた。
(おう、むぅにぃ。朝っぱらから悪いな。なあ、軽石いらねえか?)
なんのことだろうと思いながらも、もらえるものならもらっておこうと思い、返信する。
(くれるんならちょうだい。かかとをこするのにちょうどいいし)
すると、すぐさま桑田から電話が来た。
「よし、じゃあ、今からじいちゃんちへ行くぞ。駅の改札で待ってるからな」
「え、そんな遠くまで行くの? 暇だから別にいいけど」
わたしは身支度をすると、急ぎ足で駅へ向かう。前に桑田のおじいさんのところへ行ったことがあるが、電車に乗って1時間半はかかる。北の方なので寒いだろうと思い、厚手の上着をはおって出かけた。
駅に着くと、改札の前で桑田がコートのポケットに手を突っこんで佇んでいる。
「おはよう、桑田」呼びかけると振り返り、ようっというように手をあげた。
「おまえの分も切符買ってあるからよ。さ、ホームに行こうぜ」
わたし達は自動改札を通り、3番線ホームに向かう。歩きながらわたしは聞いた。
「なんで、桑田のおじいさんちへ行くの?」
「ああ、じいちゃんの持山に『軽石山』つうのがあるんだ。そこ、軽石がゴロゴロしててな。じいちゃんは副業で軽石を形性して売ってんだ。その山で軽石を拾ってくる手伝いをしにいくわけよ」
「なるほど」わたしはうなずく。
ほどなくして電車がやって来た。ドアが開き、中に入るとポカポカと暖かい。
ガラガラだったので、ボックス席を陣取って座る。ちょうど弁当売りが通りかかったので、桑田は窓を開け、声をかけた。
「駅弁とお茶を2つずつ」桑田はわたしに顔を向け、「照焼弁当でいいか?」と言う。
「うん。まだ朝ご飯食べてなかったから、お腹ペコペコ」
ここも桑田の奢りだ。
車内にアナウンスが響き、電車のドアがプシューと閉じる。軽い振動と共に、電車が動き出した。わたしはなんだか、ワクワクとしてくる。自分ではインドア派だと思っていたけれど、アウトドアもいいものだ。
「さあ、食おうぜ」桑田は弁当の包みを開き始める。わたしもそれに続き、割り箸を割った。鶏肉の照焼はまだほんのりと暖かい。ご飯もふかふかでおいしい。
弁当を平らげ、お茶を飲み始める頃には、車窓の景色が次第に田畑へと変わっていた。
「田舎に来たって感じだね」わたしは言う。
「だな。もう少しすると林ばかりになるぞ」
桑田の言う通り、10分もしないうちに木々が目立ち始め、やがてすっかり林になった。都会ではあまり見られない光景なので、わたしの心はすっかり旅気分である。桑田のおじいさんのところへは何度か行っているのだが、いつもそうだ。
ちょっとうたた寝をしてしまったらしく、桑田に肩を揺すられてハッと目を醒ます。
「もうすぐ着くぞ。次の駅で降りるからな」
「意外と早かったね」目をこすりながらそう言った。
「てか、おまえ。けっこう寝てたじゃねえか」桑田は笑う。
トンネルを抜けると、すぐに駅が見えてきた。
「こっちの方、雪が積もってるかと思っていたけど、そんなことないんだ」わたしはつぶやく。
「ああ、内陸だからだろうな。冬でも割と暖かいんだぜ」
ここは無人駅だった。切符を切符入れに入れ、改札を出る。東京都変わらない陽気である。
ここからは歩いて桑田のおじいさんの家へと行く。だいたい15分ほどだったと思う。
桑田のおじいさんの家へ着くが、誰もいない。
「きっと、作業場だな」と桑田。ちょっと離れたところに小屋が建っていて、中から何かを削るような音がしていた。
わたしと桑田は小屋の戸を開け、入ってみる。桑田のおじいさんが机ほどの機械で作業をしていた。
「じいちゃん、来たよ」桑田が声をかける。
「おうっ、久しぶりだのう。元気にしとったか」おじいさんは手を止めて振り返った。
「風邪ひとつひいてねえよ。じいちゃんこそ元気そうだな」
「まあな。年中、体を動かしとるからな」
おじいさんの足許の箱には、楕円形に形成された軽石がゴロゴロと詰まっている。この機械で軽石の形を整えているのだった。
「こんにちは、桑田のおじいさん」わたしはペコリとお辞儀をする。
「よう来たな、こんな田舎まで。軽石取りを手伝ってくれるんだって? 助かるわい」
「わけないぜ、じいちゃん。軽石山はすぐそこだし、たいして重くもねえんだからよ」桑田は胸を叩いてそう言った。
「じゃ、ちょいと茶でも飲んで、それから行ってもらおうかな」桑田のおじいさんは機械のスイッチを止め、わたし達を家へと案内する。
手作りの饅頭とほうじ茶を盆に載せて、縁側まで運んできた。素朴な味のする、おいしい饅頭だった。
一息ついたわたし達は、おじいさんが持ってきてくれた背負いかごをしょって、軽石山目指して歩き出した。
「足許が悪いから気をつけろよ」桑田が注意する。「それと『飛び石』にもな」
「飛び石?」わたしは聞き返す。
「すぐにわかるって」
軽石山に近づくにつれ、大小の石が地べたに転がって落ちていた。
「これ、みんな軽石?」わたしは1つ手に取ってみた。穴だらけでとても軽い。
「ああ、なんてったって軽石山だからな」
「これを拾っていけばいいんだね」
「そういうこと。あんまりでかいのはいいからな。手頃な奴を選ぶんだ」
わたしはせっせと軽石を背中のかごに放り込んでいく。とは言え、1つ1つは軽くても、量が増えていくと次第に重くなっていった。
そのとき、山の上の方でポンッという音がした。なんだろうと思って見上げると、無数の石がパラパラと落ちてくる。
「気をつけろっ、軽石が降ってくるぞ」桑田が警告した。そのうちの1つが、わたしの頭を直撃する。痛かったが、ケガをするほどでもなかった。
「そういうことかぁ。軽石って、こうやって積もっていくんだ」頭をさすりながら、わたしはそう言った。