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仕事を探す

 桑田孝夫が失業した。不動産会社の営業をしていたのだが、経営悪化のためリストラにあったのだ。

「まいっちまうぜ。ようやく取引先も増えてきたっていうのによ」桑田は、やれやれというように頭を搔く。

「ねえ、2種免許を取ってタクシーの運転手をやるっていうのはどう?」わたしは言った。「クルマ運転するの得意でしょ。1日中クルマに乗ってるだけだし、楽そうじゃん」

「ばか、タクシーは楽じゃねえぞ。一応、接客だしな。それによ、2種免許って、取るのけっこう大変なんだぜ。大型でも取って、ダンプの運転でもしてた方がよっぽどいい」

「ふうーん、そういうものなんだ。タクシー・ドライバーって、なんかかっこいいイメージがあるんだよね」

「映画の観すぎだっつうの。大昔の神風タクシーじゃあるまいし、ど派手に飛ばして銃を撃ちまくったりするわけでもねえ。ただ、客にペコペコしながら安全運転で言われた場所へ連れて行くだけだ」


「そう言えば、死体洗いとかってすっごくいいお金になるらしいね」とわたし。

「おまえなあ……」桑田は呆れたような顔でわたしを見る。「ありゃあ、都市伝説だ。素人に死体なんか触らせるわきゃないだろ」

「そうなんだ。ほんとうにあるアルバイトかと思った」

「高額バイトなら治験とかあるんだがなあ」

「なに、治験って?」わたしは聞いた。

「新薬の実験台になるわけよ。1回で数万もらえるらしいぞ」

「実験台? 副作用とか怖いね」

「ああ、そうなんだ。同意書にサインされられるんだってよ。何があっても、一切自己責任です、ってな」

「じゃあじゃあ、投資とかは? ほら、株取引とかFXとかバイナリー・オプションってはやってるじゃん」

「投資はともかく、株やFXなんつうのはバクチだぞ。相当な知識が無いと無理に決まってる。すっからかんどころか、ヘタすりゃとんでもねえ借金を背負っちまう」桑田は首を振る。


「いっそ、会社を立ち上げるって言うのはどう?」そう提案してみた。

「例えばどんな?」

「便利屋とかさぁ、なんか面白そうじゃない」

「便利屋ねえ……。おれはそんな器用じゃねえしなあ」桑田は髪をもみくしゃにする。「やるんだったら人権派遣とかよさげだが、資金と人集めが大変だしなあ」

「桑田はどんな仕事がしたいの?」そう尋ねたみた。

「うーん、今までが営業だったからな。少なくとも、社内にこもって事務だけは勘弁だな。外回りの仕事がいい」

「じゃあ、やっぱり営業?」

「そうだな、それが合ってるかもしれねえ。売り込みはまあ得意だし、これでも顧客取得数じゃあ上位だったんだぞ」桑田は誇らしげに胸を張る。

「営業ならいくらでもあるんじゃない? 取りあえず、ハローワークにでも行ってみる?」

「そうだな。付き合ってくれるか?」

「うん、どうせ暇だし」わたしは一も二もなく同意した。


 桑田のクルマで、管轄内のハローワークへと向かう。

「すごい人だね」わたしはふうっと洩らした。建屋に入りきれないほどごった返している。

「景気が悪いからな。みんな仕事にあぶれてんだろう」

 さんざん待たされたすえ、やっと受付にたどり着いた。

「こちらの書類に必要事項を記入してください」事務員が用紙を渡す。「書き終わったら、2番の窓口に持っていってください」

 記入用紙には希望の職種や持っている資格などを書く欄が見えた。桑田は用紙をカウンター・デスクに持っていくと、備え付けのエンピツでもくもくと欄を埋めていく。

 希望取得額の項には、控えめに20万円と書いていた。

「そんなお金でやっていけるの?」わたしはちょっと心配になる。

「あんまり高額にしても、取ってもらえねえだろうしな」それが答えだった。

 すべて記入し終え、2番窓口へと向かう。ここもまた行列ができていて、たっぷり30分は待たされる。


「はい、次の方」ようやく桑田の番が来た。

「お願いします」桑田は用紙を窓口係に渡す。窓口係は用紙に目を落とすと、パソコンのキーをカタカタと叩き、「こういうお仕事がありますが」と、プリントアウトした会社情報を数枚提示した。

 桑田はそれらをじっくりと見ていき、そのうちの1枚を相手に向けて差し出す。

「これなどいいかなと思います」

 それは物産の取引営業だった。正社員登用可とあり、月給は27万円だった。

「わかりました。さっそく、相手の会社に連絡を入れてみますね」窓口係は受話器を取ると、手慣れた様子で電話する。

 しばらくやり取りが続いていたが、

「そうですか……。はい、わかりました。また、よろしくお願いします」と言って電話を切った。

 桑田の方へ顔を向け、「残念ですが、たった今、別の方が決まったとのことで、募集は終了しました。どうしますか? ほかの候補も連絡いたしましょうか?」


 桑田は溜め息をついて、

「いえ、けっこうです。また出直してきます」そう言って席を立つ。

「ダメだったね」なんと慰めていいかわからず、わたしは桑田の顔を覗き込んだ。

「まあ、すぐに仕事を決めなくちゃならねえわけでもないし、焦ってもしょうがねえ」

 そのとき、1人の中年男性がつかつかとわたし達の方へとやって来た。ぱりっとスーツを着こなした、いかにも紳士然とした男である。

「君は仕事を探しているのですか?」音は尋ねた。

「ええ、まあここに来ているわけですから」桑田は不審そうに答える。

「どうでしょう、いい仕事があるのですが。まあ、ここではなんですから近くの喫茶店にでも行きませんか?」

 桑田とわたしは顔を見合わせた。

「話だけでも聞いてみたら?」わたしは言う。

「そうだな。ちゃんとした人みてえだし……」


 わたし達はハローワークを出て、最寄りの喫茶店に入った。

 席に着くなり、男はブレンド・コーヒーを注文する。桑田も同じくブレンドを頼み、わたしはカフェ・オ・レにする。

「実はわたくし、とある会社の代表を務めておりまして、あなたにお任せしたい仕事があるのです」男は切り出した。

「どんな内容ですか?」と桑田。すると男は身を乗り出して、小声でこう言う。

「仕事を完遂していただければ百億円支払います」

「ひゃ、百億!」わたし思わず声が裏返ってしまった。

「それは大金ですね」桑田は自分を落ち着かせるためか、コーヒーを一口すする。「で、何をすればいいんですか?」

 男はさらに顔を近づけてきて、

「ライバル会社の社長を殺して欲しいのです」

 思わず身を引くわたし。一方の桑田は、カップを置くとじっと黙り込む。

 次の瞬間、すっくと立ち上がるとカップを手に取り、男の顔にコーヒーをぶちまけた!

 ドンッとテーブルを叩くと、

「バカにするなっ! 人の命を奪ってまでそんな金なんかいらねえ!」


 男は起こるでもなく、ポケットからハンカチを引っ張り出し、顔を拭う。そして、桑田の目をじっと見つめ微笑むのだった。

「やはり、わたくしの目に狂いはなかった。あなたは誠実な人間だ。ぜひ、わたくしの会社で働いていただきたい」

 そう言うと、内ポケットから名刺を取り出し、テーブルの上を滑らせた。「丸住貿易会社」とそこには記してあった。日本最大の貿易会社である。

「固定給50万円、プラス歩合。どうでしょう、明日からでも我が社の社員になってはもらえないでしょうか」


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