魔法のランプ
桑田孝夫が急に骨董品に興味を持ち始め、付き合いで骨董品屋へ行くことになった。
「なんだって、骨董品に興味を持ったの?」わたしは聞く。
「こないだ美術館のタダ券をもらったんだ。で、行ってみたらよ、これがなかなか面白れえんだ。なんつうかその、昔の人間の営みを感じるっていうか、とにかくいいもんだなあと思ったわけよ」
「ふうーん。そういうものかなあ」
「ま、うまく説明できねえけど、とにかくいいんだ」
とは言え、骨董品屋など行ったことがないので、スマホで調べてみたところ、いがいと近い場所に店があった。
「ここなら、歩いて数分だね」わたしはスマホの地図を見せながら言う。
「へー、こんなところにあったんだ。よく通るところなのに、全然気がつかなかったぜ」
とりあえず、その店へ行ってみることにした。
着いてみると、なるほどいかにも骨董品屋だという趣の店だ。町外れにポツンとあって、ツタの絡まる古風な佇まいである。
「どんなものを買うの?」わたしは尋ねた。
「いや、特にこれといって決めてるわけじゃねえよ。ただ、掘り出し物っつうの? そんなもんがあればいいなと思ってよ」桑田は目をキラキラさせながら答える。
「掘り出し物なんて、滅多にないんじゃないかなぁ。あっ、もしかしてオークションにでも出すつもり?」
「違うって。部屋に飾るんだ。おれの部屋、殺風景だろ? ちっとは雰囲気が変わるかもしれねえからさ」
店の中に入ってみると、独特の匂いが漂っていた。ほこりっぽいというか、カビ臭いというか、けれど決して不快な匂いではない。
「いらっしゃい……」店の奥で、白髪頭に丸メガネの、たぶん70は過ぎているであろう主人が揺り椅子に座って、のんびりとパイプをくゆらせていた。
中は思ったより広かった。古びた棚に、これまた古めかしい品々が陳列している。
前に志茂田ともるとジャンクショップに行ったことがあるが、そういうわけのわからないものではなく、壷や茶碗、仏像、掛け軸などでいっぱいだ。手入れが行き届いているようで、品物にはホコリ一つ付いていない。
「あれなんかいいんじゃない?」わたしは棚の高いところに座らされているアンティーク・ドールを指差した。金髪に青い目、赤い洋服を着たビスク・ドールだ。
「ばーか、おれは男だぞ。あんなもん部屋に飾ってみろ。お袋にばか笑いされちまう」桑田はフンッと鼻を鳴らす。「それよか、これなんかよさげじゃね?」
桑田の目に止まったのは、銅褐色のティー・ポットのような品だった。
「なにこれ?」
「知らねえのか? こいつはアラビアとかで使うランプだ。中に油を入れて火をつけるんだ」
「ああ、『アラジンと魔法のランプ』のあれかぁ」わたしはこどもの頃に観たアニメを思い出す。確か、ランプを2回こするとランプの精が出てきて、なんでも願い事を叶えてくれるんだっけ。
「悪くないと思うよ」わたしは言った。
「だろ? 決めた。これにする」そう言いながら値札を確かめる。「5千円か。まあ、相応だな」
桑田はランプを手に取ると、主人のもとへ行く。「これください」
「はいよ、お客さんなかなかいい目を持っとる。こいつは年代物でな、今でもちゃんと使える品だ。せいぜい大事に使っておくれ」主人はランプをプチプチで丁寧に包んで紙袋に入れてくれた。
店を出ると、
「さっそく使ってみよう。むぅにぃ、おれんち来いよ。一緒に開けようぜ」
「うん」
わたしと桑田は、やや急ぎ足で桑田の家へと向かう。速くランプを試してみたくて仕方ないらしい。
道すがら桑田がわたしに紙袋を渡す。
「ちょっと、持ってみ」
受け取ると、けっこうな重量感があった。
「案外重いね」
「ああ、銅でできてるんだろう。大昔、アラビアで使ってたのかもしれねえなあ」
桑田の家に着くとさっそく自室へと入り、紙袋からランプを取り出して梱包を解く。改めて見ると、きめ細やかな装飾が施されており、気品があった。
「えーと、まず油を入れねえとな」桑田はランプの蓋を開けて言う。
「食用油とか?」とわたし。
「ばか、そんなんで火がつくかよ。灯油だよ、灯油」そそくさと立ち上がると、部屋を出て行った。
しばらくするとカップを手に戻ってくる。
「こいつを入れてな、口のところにティッシュでこよりをつくって差し込む」
桑田はランプに灯油を注ぎ込み、近くにあったボックス・ティッシュからティッシュを1枚抜き取り、こよりをつくってランプの口に差し込む。
「さて、火をつけるぞ」100円ライターを着火させ、こよりに火を移す。ポッと灯りがともる。
「わぁ、ちゃんとついた!」わたしは思わず手を叩いた。
「夜とかよ、電気を消してこれでマンガ読むの。なかなかおしゃれだろ?」桑田は満足そうに言う。
次の瞬間、
「アチッ! アチチッ!」と大きな声が聞こえ、ランプから脂ぎったおじさんが現れた。「おめえなあ、なんてことすんだ!」
びっくりしたのはわたし達の方だ。ふたり揃って、思わずランプから飛びすさる。
「な、なんだ、あんた?!」桑田が素っ頓狂な声を上げた。
「ああん? おれか。おれはランプの精だ」脂ぎったおじさんは偉そうな口調で桑田を見下ろす。
「魔法のランプって、本当にあったんだ」わたしはつぶやいた。
「ランプの精だって? だったら、願い事を叶えてくれんのか?」桑田は裏返った声のまま、そう聞く。
「ばか言え。そんなのおとぎ話の中だけだ。おれはおれのやりたいようにやるぞ。何しろ、何百年もこのランプのなかに閉じ込められていたんだからな!」
そう言うと、止める間もなくドアを開け、外へと飛び出していった。