超能力を身につける
目覚めたら、なんだか違和感を覚えた。
天井がものすごく高く、ベッドも体が沈んでいる感じがしないのだ。
「なんだろう。寝起きが悪いのかなぁ……」わたしは辺りを見回す。四畳半の部屋が、とてつもなく広かった。
取りあえず着替えようとベッドを降りた途端、真っ逆さまに落ちてしまう。幸い、柔らかなカーペットだったため、ケガはしなかったが。
見上げると、ビルのように高いベッド。やっとわたしは気がついた。寝ぼけているのではなく、わたし自身が虫のように小さくなっていることに。
「えーっ、どうなってるのこれ?」わたしは思わず声を上げる。「なんとかして元の大きさに戻らなくっちゃ」
そう思った瞬間、体が大きくなった。本来の身長にである。
「もしかして、自分の意識で大きくなったり小さくなったりできるのかも」そう考え、心の中で(小さくなーれ)と念じてみた。たちどころにノミほどのサイズとなる。
「面白ーい! これって、超能力だよね」
何度も繰り返しているうちに、自由自在、大きさを変えることができるようになった。小さくなることもできるし、巨大化することさえ可能だ。
わたしはこの素敵な特技を自慢したくなり、桑田孝夫に電話をした。
「ねえねえ、桑田。とうとう超能力者になっちゃったよ」
すると桑田は、
「実はおれもなんだ。朝起きたら、メチャクチャ怪力になっててよ。自分でもびっくりだぜ。ドアノブを握ったら、グシャッと潰れちまうし」
桑田もか。次に志茂田ともるにも連絡してみる。
「わたしも不思議な力に目覚めましたよ。1分先のことが予知できるようになりました」
まさかと思い、中谷美枝子にもメールしてみる。すぐに折り返し電話がかかってきて、
「あたしなんか、目から熱光線を出せるようになったのよ。おかげで、壁に穴が空いちゃった」
これはただ事ではないと、全員集まることにした。近所にある中央公園の噴水広場である。
「みなさん、集まりましたね」と志茂田。「知り合いの何人かに連絡してみましたが、どうやら超人的な力を身につけたのはわたし達だけのようですね」
「どういうことなんだ、こりゃ」桑田がやや困惑したようにつぶやく。
「ほんと、不思議ね。まるでSF映画みたい」中谷が相づちを打った。
「きっと、理由があるんだよ。そうじゃなきゃ変だもん」わたしは考え考え言葉にする。
「そうでしょうね。問題は、それがなんであるかということです」志茂田はあごに手を当てた。
「あたし達、これからどうなっちゃうんだろう」中谷は不安そうだ。
「いいじゃねえか。せっかく授かったパワーだぜ。有意義に使おう」桑田はいつも楽観的である。
「まあ、そうですね。力は使うほど、自分で制御できるようになるようですし、何かの役には立つでしょう」
そのときだった。パトカーがサイレンを鳴らしながら、通りを何台も連なって走っていく。
「何かあったのかな」わたしは心中穏やかではなかった。
「そうでしょうね。あんなにパトカーが出動するなど、初めて見ましたよ」
「行ってみない? きっと、大事件に違いないわ」中谷は意外と野次馬である。
「おうっ、見に行こうぜ。銀行強盗かもしれねえ」桑田も好奇心に目を輝かせていた。
わたし達は急ぎ足で、パトカーの後を追うように向かう。
息せき切って現場に到着してみると、ゾウほどもあるモンスターが暴れていた。
警官は拳銃を撃って抗戦していたが、相手にはまるで通用していない様子だ。
「危ないっ!」いきなり志茂田が叫び、警官の1人に駆け寄ると、思いっきり突き飛ばした。
「何をするっ!」突き飛ばされた警官が志茂田に向かって怒鳴る。と、そのとき、モンスターの尾が2人の近くをヒュンとかすめた。そのまま立っていたら、警官はモンスターに叩き付けられていただろう。
「君、本官を助けてくれたのか」警官は驚いたように志茂田を見つめた。
「ええ、わたしは1分先の未来が手に取るようにわかるのですよ」
モンスターは獲物を倒し損ねて腹を立てたらしく、わたし達の方を振り返ると、猛然と突き進んできた。
ハッと気がつくと、わたしはモンスターのゴツゴツとした両手につかみ取られていた。
モンスターはわたしをじわじわと締め付け、そのまま握りつぶそうとする。わたしはとっさに(小さくなれっ)と念じ、するりとその手の中から逃れることができた。
「ああ、怖かった。殺されちゃうかと思った」慌てて桑田達の方へと駆け寄り、そう洩らす。
「ここはおれが」颯爽と飛び出す桑田。自分より何倍も大きなモンスターをひょいっと持ち上げると、そのまま地面に叩き付ける。モンスターはアスファルトにめり込んで身動きができなくなった。
「今です、中谷君!」志茂田がモンスターを指差す。
「わかったわ!」中谷は目をカッと見開き、モンスター目がけて熱光線を放った。さしものモンスターも、中谷の熱光線に全身を貫かれ、ついには絶命した。
「やったね」とわたし。
「ええ、町は救われました」
「すげえよな、おれ達」
「あたし達が超能力を持ったのは、きっとこのためだったのね」
周囲を取り囲んでいた警官はもとより、野次馬達も大歓声をあげる。わたし達は一躍、ヒーローとなったのだ。
不思議なことに、モンスターを倒した後、わたし達の「超能力」は消え去っていた。また普通の人間に戻ってしまったのである。
けれど、この英雄的行為が讃えられ、賞状と報奨金までもらい、人々からは感謝の言葉が絶えずおくられた。
何よりうれしかったのは、買い物に行くといつも、値引きをしてくれたりおまけをつけてもらえることだった。