妖怪について知る
志茂田ともるがいきなり、こう切り出してきた。
「むぅにぃ君。あなたは、妖怪をどう思いますか?」
わたしは一瞬、言葉に詰まる。論理的なものの考え方をする志茂田が、そんなことを言うなんて意外だったのだ。もっとも、その一方ではオカルト雑誌をよく読んでいるのだけれど。
「妖怪のテレビアニメが人気なのは知ってるけど……。腹巻きをした赤いネコとか、腕時計にメダルをはめると友達妖怪が出てくるとかさ。でも、妖怪なんて、現実にはいないんじゃないの?」
「まあ、そうした回答が帰ってくることは予想していましたよ」志茂田はわが意を得たりという顔をする。「けれど、奇妙だとは思いませんか? 古来より洋の東西を問わず、妖怪や魔物の伝承がありますよね。それは単なる偶然でしょうか。いいえ、わたしはそうは思いません」
「じゃあ、妖怪はいるってこと?」今度はわたしが聞き返した。
「ええ。正確に言えば、かつてはいた、ということになりますが」
にわかに興味を惹かれてくる。
「志茂田がそう言うってことは、何か根拠があるんでしょ?」
「はい、その通りです。ちょっと聞いてもらえますか?」
志茂田の話によれば、先日、知り合いの心理学者に逆行催眠をかけてもらったそうである。
志茂田は常々、「人間は転生を繰り返している」と主張していた。その理由は、「今、自分という意識がここに存在していること」なのだそう。
宇宙は未来だけでなく、過去へも時間が流れていると志茂田は考えている。つまり、「時間」という概念で推し量ると、それは永遠なのだという。
今、自分がここに存在する確率は1/∞ということになり、数学的にはあり得ない。逆に考えれば、「常に生まれ変わっている」とすれば辻褄が合う。
なるほどなあ、と妙に納得した覚えがあったっけ。
志茂田は量子論にも造詣が深く、しばしば理論を披露してくれる。
「ロジャー・ペンローズの『量子脳理論』によれば、脳の中にあるマイクロ・チューブルには量子が活発に活動しているそうですよ。それが人間の意識を産み出していると主張しています」志茂田は言う。「また、麻酔科医のスチュワート・ハメロフは、脳には意識が量子化された状態で置かれており、肉体が滅すると情報を持った量子が宇宙に放出されるか、新たな生命体に宿ると言っています。つまり、転生を肯定しているということですね」
わたしには、それはもう科学ではなく、哲学や宗教に思えてならなかった。ただ、子供の頃から「生まれ変わり」というものはあるんだろうなあ、とは考えていた。
話は戻るが、志茂田は逆行催眠で現世の記憶ではなく、前世の記憶を探ろうと試みたそうである。
「千年ほど昔の記憶をたどってみたかったのですよ、むぅにぃ君」
「平安時代くらい昔?」とわたし。
「そうそう、紫式部や清少納言が活躍していた時代ですね」
「それで、記憶を蘇らせることはできたの?」
「ええ、大成功でした!」志茂田は、やや興奮気味に答えた。「当時のわたしは藤原家に使える家臣でした。兵を束ねる役割を担っていたようです」
「すごいっ、貴族だったんだ」その頃のわたしは、きっと農民だったに違いない。直感だけれど、そんな気がして仕方がなかった。
「当時は魑魅魍魎が跋扈する世界でした」志茂田は続ける。「わたし達はしばしば、妖怪退治に兵を出す有様だったのです」
「やっぱり、妖怪はいたんだ。古い本に書かれていることは事実だったんだね」
「そういうことです。ただ、妖怪と言っても色々でした。福をもたらすものは神と呼ばれ、害をなすものはオニと恐れられていました。大抵の妖怪達は人間と共に暮らし、子をもうけるものも少なくはありませんでした」
「あ、それって半妖ってやつでしょ? アニメで見たことがあるっ」
「そうですね。わたしは逆行催眠で千年前から、どんどん近代へと記憶をたどってみました」
「うんうん」
「オニ達はあらかた人間や人間にくみする妖怪達によって滅ぼされ、神は新天地へと散っていきました」
「新天地ってどこへ?」わたしは尋ねた。
「よくはわかりませんが、地球を脱出したようです。現在UFOとか宇宙人とか騒がれている存在は、もしかしたらそうした一族の末裔なのかもしれませんね」
「ふーん、興味深いなぁ」わたしは深くうなずく。「で、ほかの妖怪達はどうなったの?」
「当時の日本人達と結ばれるなどして、次第に血が薄くなっていきました」
「えっ、じゃあ今の日本人は妖怪とのハーフってこと?」驚いて聞き返す。
「まあ、そういうことです。どうやら、人間の遺伝子の方が勝っていたらしく、次第に『妖怪』という存在が自然消滅していったのでしょう」
「そっかぁ。だから、現在は妖怪がいないんだ……」わたしは考え込んだ。
純粋な妖怪こそ絶滅してしまったが、わたし達の中には彼らの血が流れているんだ、そう思うと感慨深くも不思議な気がした。
「現代人である我々が妖怪に何かしら憧憬を感じるのも、おそらくそれが理由なのでしょうね」志茂田がしみじみと語る。
確かに、マンガやアニメでは昔から妖怪が大人気だ。怖れながらも、どこか惹かれるのだ。
やはりそれは、生命の源である海に対する望郷の念と同じく、体の中に刻まれた妖怪の印に由来するものなのかもしれない。
志茂田の話を聞いているうちに、わたしは妖怪というものを別な視点から見始めていることに気付いたのだった。