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関節を鳴らす

 道端でバッタリと木田仁に会う。

「やあ、むぅにぃ。ひさしぶりだね」

「あ、木田。このところめっきり寒くなったけど、元気だった?」

「うん、へっちゃらさ。オイラ、体の丈夫さには自信あるからさ」

「近くの喫茶店で、ホット・コーヒーでも飲もうか」わたしは言った。

「いいね。体があったかくなるもんな」

 わたし達は商店街へと向かい、雰囲気のよさそうな喫茶店に入る。

「ブレンド1つ」メニューを見ながら、わたしは頼んだ。

「じゃあ、オイラも同じものを」

 コーヒーが運ばれてくる間、木田はしきりに指をポキポキと鳴らす。

「ねえ、あんまりポキポキしてると指が太くなるよ」わたしは注意した。

「かまわないさ。最近、指鳴らしにこっててさ。これが気持ちがいいのなんのって」と木田。

「今度はそんなことに凝ってるの?」わたしは聞いた。木田はとても凝り性で、なんにでもすぐはまる。

「まあね。最初は1回きりしか鳴らなかったけど、今じゃ何度でもポキポキできるんだ」そう言って親指から小指まで、 順にポキッポキッと鳴らしていった。


「すごいね、それって。一発芸とかで使えるんじゃない?」

「うんうん、年末の忘年会で披露しようかと思ってるんだ」またポキポキと鳴らす。小気味のいい音なので、つい聴き入ってしまう。

 ほどなくして淹れ立てのコーヒーがテーブルの上に置かれる。わたしはミルクと砂糖をたっぷり入れ、木田はブラックのままカップを口に運んだ。

「苦くない? 砂糖なしなんて」わたしが言うと、

「いや、オイラはコーヒーにも凝っていたことがあってさ。喫茶店に行くと、そこのブレンドをブラックのまま飲むのが好きなのさ」

 ふーん、そういうものなのか、とわたしはカップをスプーンでかき回す。一口飲んで、やっぱり自分にはミルクと砂糖は絶対欠かせないなと思う。


 木田は、コーヒーをすすり終わるたびにカップを置き、相変わらず指をポキポキと鳴らす。もう、すっかりクセになっているらしい。

 それにしてもよく響く音だ。まるで、小さなカスタネットのよう。

「痛くならないの?」そう尋ねてみた。

「ぜんぜん。むしろ鳴らしてないと、指がもどかしい感じになるんだ」

 指がもどかしいって、どういう感じなのだろう。わたしもたまに、ちょっとした拍子に指が鳴ることがあるが、軽い痛みを覚える。木田は特異体質なのだろうか。それとも、すっかり慣れてしまっているのかもしれない。

 ポキポキが割と心地よい音なので気にはならない。少なくとも、貧乏揺すりよりはずっとマシだ。

 喫茶店を出ると、木田は用事があると言ってすぐに帰っていった。去り際に、手のひらでバイバイをしたが、やはりポキポキと音がするのだった。


 それからしばらく経って、再び木田と出会った。

 わたしと木田は公園のベンチに腰掛けて、互いの近況を報告し合う。

「この間ね、桑田がもう少しでバイク事故に遭いそうになったんだって」わたしは言った。桑田は大型バイクを乗り回している。交差点で信号が青になったので発進したら、横から信号無視のクルマが走ってきて、すんでのところでぶつかりそうになったのだそうだ。

「へえー、そいつは危なかったね。でも桑田の奴、案外反射神経がいいから、とっさに避けたんだろうね。オイラ、バイクのことはよく知らないけどさ、車体が小さいから相手から認識しづらいんだろうね」

「うん、本当によかった。そういう話を聞いたもんで、スクーターにでも乗ろうかなって気持ちが吹き飛んじゃった」

「ところでさ」木田がいきなり話を変えてきた。そして靴を脱ぐと、足を指差し、「練習の成果が出てきて、今じゃ足の指まで鳴らせるんだぜ」

 わたしが興味津々、木田の足先を見つめていると、その指をクイックイッと曲げてみせた。すると、ポキッポキッと音がする。指を鳴らしたときよりも、もっと大きな音だった。


「すごいね、それって」わたしは心から驚く。これまでの人生で、足の指を鳴らせる人など見たことがない。

「まあね。最初はダメだったんだ。でも、何度も繰り返すうちに鳴るようになったのさ」

 わたしもブーツの中で指鳴らしを試みるも、うんともすんともいわない。それどころか、指が痙りそうになった。

「ああ、ダメ。ぜんぜん無理」すぐにあきらめる。

「そりゃあ、初心者には無理だよ。何度も練習しなくちゃね」木田は笑った。「これだけじゃないんだ。いいかい、よく聞いてごらん」

 木田は手と足の指を使って、ポキポキと音を出し始めた。初めはよくわからなかったが、だんだんと音の違いが聞き取れるようになる。

「あっ、今『今日はいい天気だね』って言った?」

「うん、聞こえたかい? そうなんだ。指ポキで会話ができるようになったのさ」

「それって、関節話法ってやつだね」思いついた単語を口に出してみた。

「関節話法かあ。うんうん、そうだね。関節話法だな」木田はひとりうなずいている。


 次に会ったのは、ひと月後のことだった。たまたま桑田孝夫とファミレスで食事をしていたときのことである。

「やあ2人とも、こんなところで会うなんてなあ」木田はわたし達のテーブルに座った。

「おう、木田じゃねえか。元気にしてたか?」桑田は口元まで運んでいたスプーンを皿の上に置いて、そう言った。

「まあね。オイラ、体だけは丈夫だからさ」

「あのね、桑田。木田ってば、足の指を鳴らせるんだよ。そんでもって、指鳴らしだけで会話ができちゃうんだ」わたしは自分のことのように説明する。

「オイラ、ついに関節鳴らしを極めたんだ。首だって、膝だって、全部の関節を鳴らせるようになったんだ」

「ほう、そいつはすげえな」桑田は口をすぼめて、ヒューと音を出した。

「すごいすごい。ぜひ、聞いたみたい!」わたしは手を叩いて促す。

「それじゃ、ひとつ……」木田は立ち上がり、体中をクネクネと動かした。すると、まるでそこに数人の「指ボキ奏者」がいるかのように、賑やかなポキポキ音がわき起こった。

 わたし達だけでなく、店内にいた者全員が一斉に注目し、あまりの見事さにスタンディング・オベーションを送るのだった。

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