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クラシック・パーク

 なんとなく電車に乗りたくなり、行く当てもないまま適当に来た電車に乗った。

 座席が空いていたので座り、途中ちょっとうとうとしながら車窓を見ると、田園風景が広がっていた。

「降りてみようかな」わたしは立ち上がり、名前も聞いたことのない駅で下車する。精算機に切符を挿入すると、1,280円だった。だいぶ、遠くまで来たようだ。

 駅を出てしばらく歩くと、田畑が段々と少なくなり、小さな町へと入り込む。典型的な田舎町である。

 人もあまり見かけず、のどかな小道が続いていた。八百屋や乾物屋、金物屋、パン屋、さびれた風情の旅館が建ち並んでいる。スーパーは見当たらなかった。そこまで発展した町ではないようである。


 心地よい風をほほに受けながら、わたしは自由な気持ちで歩き回る。

 すると、一画に「クラシック・パーク」という、この町にはそぐわない大きく立派な建物が目に入った。博物館らしい。

「ちょっと面白そう。入ってみようっと」わたしは受け付けで入場料150円を払い、中へと足を踏み入れた。

 大きな扉を開くと、そこはなんと大草原だった。

「ああ、ここは別世界へと通じる建物だったんだ……」わたしは感嘆すると共に、わくわくとした喜びを覚える。


 草原を進むと、遠くに2人の人影が見えた。近寄ってみると、それは以前写真で見たことのある作曲家達だった。

「あっ、クロード・アシル・ドビュッシーとモーリス・ラヴェルだ!」ともに大好きな作曲家である。彼らは、わたしには気がつかないようだ。どうやら、わたしのことが見えてもいないらしい。

 ドビュッシーとラヴェルは言い合いをしていた。

「あなたの『雨の庭』の一部は、完全にわたしの『水の戯れ』のパクリだ」ラヴェルは咎めるような口調で言う。

「何を言うか。おれは君の曲なぞ真似なんかしてないぞ。あれは最初から最後までおれのオリジナルなんだ」

「いや、わたしが最初に作曲したのであるからして、あなたは意識的に、あるいは無意識のうちに曲中に織り込んでしまったのだ」

「それはないぞ。断じてない。おれは昔っから全音や属7の和音が好きだったんだ。たまたま似ていたからって、そいつは言いがかりだ」ドビュッシーも負けてはいない。


「よし、ならば我々より以前の作曲家達に証言してもらうことにしようではないか。わたしは、モーツァルトを召喚する」ラヴェルがそう言い、魔方陣を草むらの上に描き、なにやら呪文を唱える。すると、白煙とともに小学校の音楽室で見た肖像画そっくりの男が現れた。

「やあやあやあ、遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」モーツァルトが名乗りを上げた。

「ようこそ、モーツァルト先輩」とラヴェルが一礼をして迎える。「わたしの『水の戯れ』と彼の『雨の庭』はよく似たフレーズがあると思うのですが、どうお思いでしょうか? ちなみに、わたしの方が先に作曲をしています」

「そなた達は何者であるか? それがし、とんと見知らぬのだが」モーツァルトは答えた。それもそのはずである。ラヴェルとは200年ほども時代が違うのだから。


 ドビュッシーはラヴェルを指差して大笑いした。

「じゃあ、おれは大バッハを呼び出そう。そして彼におれ達の曲を聴いてもらうんだ。なんて言うかな?」

 ドビュッシーもまた円陣を描いて召還呪文を唱える。白い煙の中から影が浮かび上がったかと思うと、たちまち巨大化し、はるか上空からドビュッシー達を見下ろした。

「我が輩になんの用かな?」大バッハは文字通り、大きなバッハだった。

「これはこれは大バッハ様、わたしはドビュッシーという者です。こちらはラヴェルという若造。ともに作曲家を生業としております。わたしとラヴェルとで、自作の曲を演奏しますので、似ているかどうかお聴き願えますでしょうか?」

「ほほう、さてはそなた達、我が輩よりもずっと未来の作曲家達だな? うむ、その服装を見ればわかる。なにしろ我が輩は大バッハだからな」


 そこでまず、ドビュッシーが魔法でピアノを出現させ「雨の庭」を奏で始めた。演奏が終わると、押し退けるようにしてラヴェルがイスに座り、「水の戯れ」を弾く。

 両者の曲を目をつぶってじっと聴いていた大バッハは、

「ふうむ。これが新しい和声というものか。我が輩の時代のものとはまるで異なる技法だな。はてさせ、似ていると言えば似ているが、違うと言えばやはり違う。残念だが、我が輩にはどちらも理解できぬ」そう言い残すと、現れたときと同様、煙と共にいずこへと去ってしまった。

「まあ、そうだろうなあ」とわたしは独りつぶやく。バロックと印象派の曲では、比較のしようもない。バッハが活躍していた頃の和声に対し、ドビュッシー達の曲は禁忌が積極的に使われている。平行音程だとか、9度音程だとか……。


 そこへ、どこからともなく別の男がやって来た。

「ラヴェルさん、ぼくをどうか弟子にしてもらえませんか?」

「また来たのかね、ガーシュイン君。何度も言うようだが、君はラヴェルにはなれない。君はあくまで君であって、独自の曲を作るべきなのだ」

 ガーシュインはがっくりとうなだれて帰っていった。

「どちらもダメダメだね」いつからいたのか、サン=サーンスが立っていた。「ドビュッシー君、君の『牧神の午後への前奏曲』は、まるで声を失ったカナリアかと思ったよ。それにラヴェル君、『水の戯れ』は不協和音の塊じゃあないか。何が『印象主義』だ。そんなもの、わしは認めん」

「おれは自分が『印象主義』だなんて思ってませんが」ドビュッシーが不満げに反論する。

「わたしは別に、他人が何々主義と呼ぼうが気にしていませんよ」ラヴェルも言い返した。

「ぼくは、それぞれに個性があって素晴らしいと思うんだがなあ」声のする方を見ると、それはフォーレだった。

「あ、師匠」ドビュッシーとラヴェルはほぼ同時に会釈する。

「新しい手法には反発が伴うものだ。だが、保守的では先へは進めない。君たちはクラシック音楽会に変革をもたらしたのだ。それはあとに続くものに大きな影響を与えることだろう」

 わたしはまさにフォーレの言う通りだと思った。彼らには聞こえないとわかっていながらも、拍手を送ることに戸惑いはなかった。

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