表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/234

海へ行く

 中央公園の噴水広場前にあるベンチで、桑田孝夫、志茂田ともる、中谷美枝子、そしてわたしはのんびりとひなたぼっこをしていた。

「11月にしては汗ばむくらいの陽気ですね」と志茂田が誰にともなく言う。

「昨日は寒いくらいだったのにね」中谷がうなずいた。

「なあ、これから海に行かねえか?」唐突に桑田が提案する。

「海って、もう泳ぐ季節じゃないじゃん」わたしは反論した。

「いえいえ、晩秋の海もいいものですよ」と志茂田。「別に泳ぐ必要は無いのです。ただ眺めるだけでも楽しめますよ」

「いいわね、秋の海。あたし、そういえば夏以外に海へ行ったことがなかったなあ」中谷も乗り気のようだ。わたしも、今年は海に行かなかったので、久しぶりに海をみたくなってきた。

「行っちゃおうか」とわたし。

「よしっ、決まりだな。クルマをとってくるから、ちょっと待ってろよ」桑田は言うが早いか立ち上がり、急ぎ足で自宅へと向かう。


 10分もすると桑田が戻ってきた。「クルマの用意が出来たぞ。さあ、みんな乗れ」

 わたし達は公園を出て、脇道に止めてあるフォレスターに乗り込んだ。

「じゃあ、出発するぞ。白浜海岸なんかどうだ? 東京から割と近いし、眺めもいい」

 3人とも異議はなかった。桑田は黙ってうなずくと、クルマのキーを回した。軽い振動と共に、クルマはゆっくりと動き出す。

 ハンドルを握ると人が変わる者もいるが、桑田の場合、ふだんはがさつだが、運転は丁寧である。

「なんつったって、安全運転が一番だ。事故っても、互いにつまらねえ思いをするだけだからな」それが桑田の言い分だった。


 走り始めてから数分で高速道路に入り、時速100kmを維持しながら運転する桑田。しばしば追い越し車線を猛スピードで走り抜けていくクルマもあったが、桑田はひたすら走行車線だけを行く。さすが安全運転を心がけているだけのことはある。

 ビルばかりだった車窓が、次第に田畑へと移り変わっていった。もう、埼玉県に入ったのだろうか。さらに30分も走ると、遠くに山々がくっきりと見えてきた。

「やっぱり、自然っていいわねえ」中谷が心地よさそうな声でつぶやく。

「気のせいか、空気も変わってきたように思いますよ」志茂田もどこかうきうきした表情を見せる。

 途中、サービスエリアで休憩を取り、なんだかんだで4時間ばかりかけて、ようやく白浜海岸へと到着する。

 午前10時に出発したので、ちょうど午後2時になったところだった。


 わたし達は駐車場からとぼとぼと海岸に降りる。当然のことながら、人っ子1人いない。白い砂は柔らかく、打ち上げる波は穏やかだった。

「海だっ」わたしは思わず海岸に向かって走り出す。

「おいおい、むぅにぃ。あんまりはしゃぐと転けるぞ」桑田がからかい半分に声をかける。

「いやあ、きれいな海ですねえ。天気にも恵まれて、ほら、富士山があんなに鮮やかに見えますよ」志茂田が指を指した。まだ冠雪はないものの、どうどうとした三角錐が目の前に迫ってくる。

「ほんと、人が誰もいないのね。まさに誰もいない海って感じ」中谷がわたしの後をのんびりと着いてきた。

「ここはなんて海だっけ?」桑田が聞いてくる。

「ここは相模湾ですよ、桑田君。そして、半島のあちら側が駿河湾ですね」

 わたしはあちらこちら歩き回り、岩礁を見つけた。登ってみると、あちらこちらに潮だまりが出来ていた。その1つを覗き込んでみると、キラッと白く光るものがある。目で追ってみると、それは小さな魚だった。

「みんなー、小魚がいるよー」わたしは振り返って、桑田達に叫んだ。

 すぐ後ろに来ていた中谷が、どれどれというふうにわたしの肩越しから覗き込む。

「ほんとだ。満ち潮の時に取り残されちゃったんだね」


 ひとしきり岩礁を探索したあと、わたしはみんなが立っている砂浜へと戻った。

「おれ、ここへは何回か海水浴に来たことがあるんだ。めちゃ混みだったなあ。でも楽しかったぜ」桑田は夏を思い出すような瞳で辺りを見渡す。

「わたしもありますね。打ち上げられたクラゲやヒトデを見つけましたよ。実物を見るのは初めてだったので、感動した覚えがあります」研究好きな志茂田は、まだどこかにそうした生き物がいるかも知れないと、砂浜に目を凝らした。

 一方、砂浜をぶらぶらしていた中谷が声を上げる。

「あっ、こんなところにビーチ・サンダル見っけ」誰が忘れていったのか、ビーチ・サンダル片方をつまみ上げてみんなに見せた。

 そのとき、海の方で何か音がしたので振り返ると、巨大な黒い影が一瞬だけ姿を見せ、すぐに潜っていった。

「うわっ、何かいた!」わたしはとっさに大声を上げる。一同が振り返るが、海は何事もなかったかのように静けさを保っていた。


「何を見たの?」と中谷。

「あのね、恐竜みたいなやつ」わたしは興奮して答える。

「そんなもん、見間違いだろ。それか、イルカかなんかじゃねえのか?」桑田は鼻で笑った。

「イルカじゃなかったってば」わたしは必死に説明する。「もっと大きくて、首が長いやつだったよ」

「もしそれが見間違えではなかったとすれば、プレシオサウルスを思い起こさせますね」志茂田は冷静な口調でそう分析する。

「なんだ、そのプレシオなんとかって」桑田が尋ねた。

「中生代三畳紀からジュラ紀前期に海に生息していたクビナガリュウですよ」

「まさかあ、そんなのいるわけないでしょ」中谷が否定する。

「でも、本当に見たんだってば」わたしは断固として言い張った。

「なら、ちょっと海を見張ってみようぜ。むぅにぃの言うことがほんとなら、また表れるかもしれねえ」


 わたし達は15分ばかり、黙って海を眺め続けた。けれど、プレシオサウルスどころか、サカナ1匹見当たらなかった。

「ほーら、やっぱりむぅにぃの見間違いよ」

「だと思ったぜ。お前、いつも慌て者だからなっ」2人はそう言って笑うのだった。

 ポンと肩を叩かれ、志茂田がそっと声をかける。

「わたしは信じますよ。海は広いのですからね、何がいてもおかしくはありません」

 その言葉に、わたしは大いに慰められるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ