こんな映画を観た
桑田孝夫からメールが来た。
(映画のチケットをタダで2枚手に入れたから、行かねえ?)
わたしはメールを返そうと思ったが面倒になり、電話をかけた。
「もしもし、桑田? 映画ってどんなの?」
「おう、むぅにぃ。『ダイ・バード』っつうアメリカのやつだ」
「それって、大きな鳥が出てくるファンタジー?」
「ちげえよ、ばか。アクション映画だ」桑田は、すぐに人をばか呼ばわりする。
「アクション映画かぁ。やたらと爆発したり、カーアクションが派手であんまり観ないんだけどなぁ」
「まあ、そう言うなって。どうせタダ券なんだし、おまえもどうせ暇だろう?」
「暇だけど……。うん、いいよ。何時から始まるの?」
「2時からだから、あと1時間だな。これから迎えに行くよ。向こうに着いたら、時間つぶしにコーヒーでも飲もう」
10分も経たないうちに桑田がやって来た。
「新宿だから、20分もしないで着くだろう。近くの茶店にでも入ろう」桑田は言った。
駅までは徒歩で数分。到着して間もなく電車が来たので乗り込む。
駅を降りてすぐそばの喫茶店に入り、わたしはカフェラテ、桑田はブレンド・コーヒーのブラックを頼んだ。
「砂糖もなしに、よく飲めるね」わたしは桑田がうまそうにカップを口にする様子を眺めながら言う。
「ブレンドっつうのは、その店の個性が出るもんだ。それを砂糖やミルクなんか入れたら、味が壊れちまう」そうもっともらしく答えた。
「ふうーん、そんなもんなんだ」わたしはカフェラテをすすりながら、やっぱり甘い方がいいな、と思うのだった。
桑田は腕時計にちらっと目をやると、
「そろそろ館内に入っておこうか」と促した。
「うん」わたしはうなずき、残りのカフェラテを一気に飲み干す。
わたし達は立ち上がると会計を済ませ、のんびりと映画館へと向かった。
館内に入ると、ロビーにはすでに人が大勢いて、わたしと桑田はその最後尾へと並ぶ。
しばらく待つと、上映室からエンド・テーマと思われる曲が聞こえ始め、人が続々と扉から出てきた。入れ替えに、ロビーで待っていた人が中へと入りだす。
やっとわたし達も中へ入ることが出来、都合のいいことに前から3列目に並んで座ることが出来た。
天井に目をやると、数え切れないほどの照明が点灯しており、ゆったりとしたBGMが流れている。
「こうやって待っていると、なんとなくワクワクするね」わたしは思わず話しかけた。
「ああ、だな。おれ、上映の前になるとなぜだか便所に行きたくなるんだよな。ちょっと行ってくるから、席の確保頼むな」そう言うと、桑田はそそくさと出て行った。
「お待たせ」帰ってきた桑田の手には、カップが2つあった。「おまえはミルクとシロップいるんだよな」
「あ、ありがとう」わたしはカップを受け取った。アイス・コーヒーだった。ミルクとシロップを入れて、ストローでよくかき回す。
5分ほど待っていると、音楽が止みアナウンスが始まった。
「大変長らくお待たせしました。これより『ダイ・バード』を上映します」
照明がゆっくりと消えていき、やがて真っ暗になる。スクリーンにパッと白い光が投影され、続いてビデオカメラのマスクを被った男が挙動不審な行動をしながら登場する。
大きくテロップが表示された。「映画の撮影は禁止されています。映画泥棒です!」
その後も結婚式場のCMや近所の飲食店の広告が流れ、ついで公開予定の新作映画のトレーラーがいくつも紹介される。
幕が全開になり、だいだいと「ダイ・バード」のタイトルが表示され、ようやく本番となった。
「やっと始まるね」声を潜めてわたしは言う。
「おう、この瞬間がたまんねえ」桑田はアイス・コーヒーをずずっとすすった。
映画の筋はこうである。
とある街をテロ組織が襲う。そこで登場するのが、ベテラン刑事のジョム・マタレーンだった。
彼の武器は一風変わっており、長い棒の先に斧のようなものが付いている。
「あれって、中世ヨーロッパの武器みたい」わたしは桑田に耳打ちをした。
「うん、あれはハルバードっつうんだ」
「ああ、だから『ダイ・バード』なんだ……」
ジョムは単身、大勢の敵に向かっていく。飛び交う弾をよけながら、1人また1人と相手を倒していった。
「すごいねぇ、あんな大きな武器をブンブン振り回しちゃってさ」わたしは感心する。
「重くて取り扱いが難しいんで、使い手を選んだらしいぜ」そう桑田が教えてくれた。
ジョムは戦いながらも、始終ぶつくさぼやいていた。「ちっ、今日はついてねえ日だぜ。せっかくのパーティだったってのによ」
映画の中では、他の警官達がすべて出払っているという設定で、そのツケが彼に回ってきたというわけである。
「このシリーズは、ジョムのぼやきが面白れえんだ」桑田が言う。
「ふつう、戦っているのに独り言は言わないよね」滑稽ではあるが、同時にかっこうよくもあった。帰ったら、シリーズの初めから観てみようかな。
わたしはこの1作品で、たちまち彼のファンになってしまった。