天然記念物になる
山の麓にある小さな村にわたしは滞在していた。村の子供達ともすっかり仲良くなり、わたしがどこへ行くにも着いてきたがる。わたしも子供達が大好きで、縄跳びをしたりケンケンパをしたりと、毎日一緒に遊んでいた。
「次は何して遊ぶ?」女の子が聞いてきたので、わたしはちょっと考えてから、
「隠れんぼしようか?」と答えた。他の子供達もそれに賛成し、日が傾くまで楽しんだ。
毎日がこんな具合だった。わたしも、時間を忘れて大いに楽しんだものである。
そんな子供達が遠足に出かけることになった。わたしはすることもなく、ただぼんやりと丘の上に座り、流れゆく雲を眺めていた。その下には雄大な山が立ち、いかにも登ってくれと言わんばかりである。
「そうだ、あの山を登ってみよう」突然、そう思い立った。
間借りしている宿へと戻ると、お昼に食べるおにぎりを作ってもらい、竹の皮で包んでもらう。
「暗くならんうちに帰ってくるんだよ」宿のおばさんはそう言って、わたしを見送ってくれた。
「はーい、わかりました」
わたしは元気よく、山に向かって歩き出す。山は思っていたよりは、ずっと近かった。
「細いけど、道もちゃんとあるんだ」よく整備された道が、うねうねと続いている。日頃、人が行き来しているのに違いない。
けっこうな坂道だったが、わたしはへこたれずに登っていった。
さんざん登って、もうくたくただと思った頃、振るい切り株に腰掛けて、持ってきた弁当を食べ始める。疲れもあって、おにぎりがとってもおいしかった。
食べ終えて、さあ出発しようと立ち上がると、ふいにクヌギの蜜の臭いを感じた。
「そういうところって、カブトムシとか集まってるんだよね」と独り言を言う。
辺りを見回し見ると、果たして、離れたところに古いクヌギの木を見つけた。近づいてみると、カブトムシやクワガタが何匹もたかっていた。しかも、どの虫もナスほどもある大きさで、思わず「うわあっ」と声が出てしまった。
「桑田が見たら、さぞ喜ぶだろうなあ」桑田孝夫は大人になった今でも昆虫が好きなのだ。
1匹捕って、持っていってやろうか、とわたしは思った。クワガタをつまみ上げようと手を伸ばしたところ、クワッと大あごを開いて威嚇してきたので、慌てて手を引っ込めた。こんな大きなクワガタにはさまれたりしたら、きっと痛いに違いない。
虫を捕るのはあきらめて、もとの道へと引き返す。
30分ほど歩くと、唐突に道が消えてしまった。
「ここまでか。藪の中を歩いて、帰り道に迷ったりしたら面倒だし、そろそろ引き返すとしようかなぁ」きびすを返して戻ろうとすると、かたわらに獣道が見えた。
「ウサギでもいるのかな」わたしは好奇心をそそられて、獣道に1歩踏み出す。
しばらく歩いてみると、その先には祠が建っていた。人が入れるほどの大きな祠で、ぐるっと回って見ると引き戸があった。戸にはダイヤル錠が付いていて、開けられないようになっていた。
「直感で番号を合わせられないかなぁ」わたしはダイヤルを適当に回してみた。すると、たまたま当たって、ダイヤル錠はあっけなく開いてしまった。
こうなったら中を覗いてみない法はない。引き戸をがらがらっと開けて中を覗いてみた。
ガランとした室内だった。埃がたまっていないところを見ると、割と人が出入りしている様子である。
用心しながら中へと入ってみる。祠にしてはお地蔵様もいないし、祭壇もない。ただの空っぽな部屋だった。
「推理小説とかなら、地下に通じる入り口があったりするんだよね」わたしは足でタンタンと音を立てながら歩き回ってみた。
すると、ある場所だけ音が違うことに気付く。まさか、と思ってドンッと鳴らしてみたら、突然床が抜け、体ごと落ちてしまった。
急な坂で、どこまでも滑り落ちていく。
「ひゃーっ!」と叫びながら、わたしは身を任すしかなかった。
ずいぶん滑ったあげく、突然明るい部屋へと転がり出た。広い部屋で、水槽やケージが所狭しと並んでいる。
白衣を着た男たち数人が、一斉にわたしを振り返る。
「お邪魔します……」わたしは戸惑いながらそう言った。
「おやおや、この施設を見つけるなんて大したものだね」男が言う。
「ここは何かの研究所なんですか?」わたしは立ち上がりながら聞いた。
「まあ、そんなようなものだね。天然記念物保護機関だよ。ごらん、ここにいる動物達を。どれも見たことのないものばかりだろう? みんな新種の天然記念物なんだ。それらを保護して、繁殖させているんだよ」
見渡してみると、水槽には人面魚が、ケージにはヒョウ柄のウサギなど、確かに見たことも聞いたこともない生き物ばかりがいた。
「ほんと、ユニークな生き物ばっかりですね」わたしは心からそう言った。
「君もここに来てしまった以上、ただでは返せないな」
わたしは嫌な予感がして尋ねた。「どうするつもりなんですか?」
「君には天然記念物になってもらうよ」と男。わたしに近寄ってきて、胸にバッジをつけた。「ほら、今から君は天然記念物だ。帰りは、そちらのエレベーターで行きたまえ」
男の指差す法にはエレベーターがあった。わたしは一礼をすると、黙ってエレベーターへ向かった。
それからだった。町に帰っても、道行く人々はわたしはを遠巻きに見るばかりで近づこうともしなかった。
「あ、ほら。あの人、天然記念物よ」そんなささやきをたびたび耳にするようになるのだった。