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黄泉の国へと向かう

 気がつくと、真っ暗な場所に立っていた。一筋の光もなく、文字通り漆黒の闇に包まれている。

「ここ、どこだろう……」わたしは辺りを見回した。当然、何も見えなかったが、足許は砂利の感触がある。

 ふいにすぐそばで声がした。

「お前さん、こんなところで何をしておるのだ?」しゃがれた老人の声だった。

「誰ですか? ここはどこなんですか?」わたしはすがるように尋ねる。

「まだ気付いておらんのかね。ここは死後の世界じゃよ」

 わたしは驚いた。するとわたしは死んだのか……。


「ほれ、思い出してごらん。ついいましがた、お前さんはクルマに跳ねられたじゃろ。ほとんど即死だったんじゃ」

 言われて思い返すと、道路を渡っているとき、白い軽トラックが目の前に迫ってくる様子が目に浮かんできた。

「あの軽トラ、信号無視だったなあ。でも、死んでしまったんじゃしょうがないか」わたしはふうっと溜め息を継いだ。「それで、これからどこへ行けばいいんですか?」

「ほれ、あの列に並んで歩いていけばいい」

「そう言われても、真っ暗で何も見えないんですけど」わたしは反論した。

「そうか、来たばかりでまだ目が慣れておらんのだな。目をつむって十数えてみるといい。見えるようになるぞ」

 わたしはその通りにしてみた。「いーち、にぃ、さーん……」

 

 数え終わって目を開けると、辺りがうっすらと見えてきた。ガランとした何もない平原である。天井も遠くの方も真っ黒で、きっと果てがないのだろう。

「あの列じゃ」老人は改めて指を指す。その方向へ目をやると、長い長い行列が続いていた。

「おじいさんは誰なんですか?」

「わしか? わしは死人を黄泉の国へと連れて行く案内人じゃ」

「あ、エジプトのアヌビス神みたいなものなんですね」

「まあ、そんなところじゃな」

「じゃあ、列に並んできます」わたしは歩き出した。行列はどこまでも続いていて、最後列に着くまで相当かかった。

「こんにちは、ここ最後尾でいいんですよね?」一応、確認する。

「うん、そうだね。君も死んでしまったのかい。ぼくも、ポックリ病でぽっくり逝ってしまったんだ。まったく、この若さだっていうのにさ」 


 行列は牛歩のごとく、ゆっくりゆっくりと進んでいく。このまま永遠に並び続けるのかと思えるほどだった。

 体感的に10時間は歩んだと思えたとき、やっと前が見えてきた。黒い川が流れていて、1人ずつ船に乗せられていく。

「ほい、次っ」ボロ切れをまとった老婆が促す。前にいた青年が黙って船に乗る。船はゆっくりと川を渡り、向こう岸へと着く。

 再び船は戻ってきて、老婆がわたしに乗れと言った。

「あのう、船酔いするたちなんです」わたしは白状した。

「なんじゃと。しょうがないのう。ならば、川沿いを左にずっと歩いていくがいい。橋が架かっておるからのう」老婆は言い、わたしはとぼとぼと川に沿って歩いていく。

 何時間かかっただろうか。ようやくと橋が見えてきた。

「ああ、あれか。あれを渡ればあの世なんだなあ」わたしはぼんやりとそう思う。


 橋のたもとに着いてみると、よぼよぼの老人が立っていた。

「あのう、この橋を渡るよう言われてきたんですけど」わたしは老人に話しかける。

「この橋を渡るにはテストを受けねばならぬ。さ、そこの席に座りなさい」

 見れば、かたわらに机とイスが置いてあった。わたしはうなずくと、イスに座って待った。

「最初は算数のテストじゃ」そう言って、用紙を配る。わたしは問いをざっと見る。割り算や方程式が並んでいた。正直なところ、わたしは数学が苦手だった。問題を1つ1つじっくり眺めるが、どれも難しくて解けそうにない。

 そのうち時間になり、老人が「はい、そこまで」と声をかける。

「次は幾何じゃ」わたしは幾何も大の苦手だった。結局、ほとんど手をつける間もなく、答案用紙が取り上げられた。

 音楽、歴史、古文、英語とテストが続く。音楽はまあまあだったと自信があったが、あとはさっぱりだ。


「これから採点を始めるから、しばらく待つように」老人は言った。わたしは机にほおづえをついたまま、ぼーっと待っていた。

 1時間ほどたって、やっと答案用紙が戻ってきた。ぱっと見たところ、どれも赤で×印ばかり目立つ。

「ふーむ、お前さん、音楽以外はどれも赤点じゃのう」と老人。「これでは橋を渡らせるわけには行かない。もう1度現世に戻って、勉強をし直してくるが良かろう」

「橋は渡れないんですか?」

「だめじゃな。そら、橋の横に扉があるじゃろ。そこから出て行くが良い」

 わたしはがっかりして、老人に言われた通り、橋の脇の扉を開けて入っていった。


 気がつくと、そこはわたしの家の近所にある公園だった。真っ青な空には、まぶしい太陽が照り輝いている。

 そこへたまたま桑田孝夫と志茂田ともるが通りがかった。わたしを見るなり、びっくりしたような顔をする。

「おい、むぅにぃっ。むぅにぃじゃねえか!」桑田が大声を出しながら駆け寄ってきた。「お前、たしか先週死んだんじゃなかったのか?」

「うん、そうなんだけどね」わたしはテストで落第したことを話した。「そういうわけで、またこの世に戻ってきちゃった」

「よかったですよ、むぅにぃ君。人間、どんなところで何が役に立つかわかったものではありませんね。勉強が出来なくて本当に良かったですよ」志茂田に言われ、褒められているようなばかにされているような、なんとも妙な気持ちになるのだった。

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