志茂田の親戚の家へ行く
志茂田ともるから電話がかかってきた。
「こんにちは、むぅにぃ君。今度の土日、空いていますか?」
「うん、別にすることもないし」わたしは答える。
「そうですか。では、わたしの親戚の家にご一緒しませんか。中谷君と桑田君も来ますが」
中谷美枝子と桑田孝夫も一緒か。久しぶりにみんなが顔を揃えるんだ、とわたしは思った。
「うんうん、行く行く。場所、どこ?」
「群馬県のど真ん中です。山の中ですが、きっと楽しいですよ」志茂田は答えた。
群馬県か。電車で2時間くらいかな。賑やかな都会を離れて、山の中へ遊びに行くのもいいかもしれない。
「待ち合わせはどこ?」わたしは聞いた。
「とりあえず、わたしの家へ来て下さい。それから駅に向かいましょう」
スマホを切ると、急にワクワクとしてきた。同時に、早く土曜日が来ないかと、待ち遠しくもなった。
当日、志茂田の家へ集合し、その足で駅へと向かう。
「あたし、前の晩は楽しみでよく眠れなかったわ」中谷が言った。
「おれもおれも」と興奮しきったように桑田が続ける。「志茂田の親戚んちってどんなところだ?」
「わたしの親戚の家は本家でして、付近の土地の地主なのですよ。もっとも、田舎なのでかなり古い家ですが」
「古民家って憧れちゃうな。囲炉裏があったりするんでしょ? 庭にはニワトリとか放し飼いにしちゃったりして」わたしは早くも情景を思い浮かべていた。
「そうですね。だいたいむぅにぃ君の想像している通りだと思いますよ」と志茂田。
わたし達はまず京浜東北線に乗り、大宮で乗り換え、前橋まで行った。そこからバスを乗り継いで、約2時間掛けてやっと目的地へと到着する。
「ここから歩いて15分ほどです。皆さん、お疲れ様でした」志茂田がペコリと頭を下げる。
「群馬ってよ、もっとすごく遠いと思っていたけど、それほどでもなかったな」桑田が言う。
「だいたいこんなもんでしょ」と中谷。「前に来たことがあるけど、それぐらいで着いたよ」
「まあ、なんにしても田舎なので、皆さん、あまり期待しないで下さいね」そう志茂田は言ったが、わたし達はすっかり胸を弾ませていた。長らく都会に住んでいると、深い緑や山が珍しくて仕方ないのだ。
15分ばかり歩くと、志茂田の言った通り、屋敷が見えてきた。
「あそこです。わたしも久しぶりに訪れました」
かなり大きな藁葺き屋根の家で、林に囲まれて堂々と建っている。
屋敷の前を流れる川には、牛ほどもあるザリガニのようなものが数匹戯れていた。ザリガニのようなもの、と言ったのには、見た目はザリガニだが、サメのような口があり、尖った歯がずらりと並んでいる怪物だったからだ。
小道の向こうには、虎縞のヒグマらしきものとじゃれ合う人の姿が見えた。
「自然が豊かなんだね」わたしは思わずそうつぶやく。
「ええ、まあ。何しろ田舎ですからね」なんでもないように答える志茂田。
志茂田が屋敷の玄関を開くと、中から年配の女の人が現れ、
「まあ、まあ、ともるちゃん。待ってたわよ」とにこやかにあいさつをする。
「こんにちはおばさん。ご無沙汰しています。こちらは、わたしの友達です」
「お昼、まだでしょう? お金を渡すから、そこいらの店で何か食べてらっしゃい。夕飯はお寿司でもとりましょうかねえ。あなたたちも、荷物をこっちに置いて、ともるちゃんと出かけてきなさいな」わたし達は各自お邪魔します、と言いながら、上がりかまちにリュックやバッグを置く。
「ありがとうございます。みんなに辺りを案内がてら、食事に行ってきます」そう言うと、志茂田はおばさんからいくらかのお金を預かって財布にしまい込む。
「というわけで、みなさん。ちょっとそこらを回ってきましょうか」志茂田がわたし達を振り返る。
わたしは内心、こんな山の中に飲食店があるとはとても思えなかった。さっき見たザリガニのお化けやヒグマのこともあるし、もののけや猛獣に出くわすのでは、と少し不安になった。
ところが、森を1つ抜けると、そこは商店街が真っ直ぐ伸びていた。どの店も屋台形式で、飲食店などは様々な国がごちゃ混ぜに並んでいる。
商店街の入り口近くにある屋台のフランス料理店では、コック帽を被ったブタが店の前で肉を焼いていた。志茂田に気がつくと、
「ぶうぶうっ、おやこれは坊っちゃんお久しぶりですぶう」と挨拶をしてきた。そういえば、志茂田の実家はここいら一帯の地主だと言っていたっけ。
「これはどうも、コック長。商売の方はうまくいっていますか?」
「ええ、おかげさまで繁盛していますぶう」そう言って、焼きたての豚肉をわたし達の分まで取り分けてふるまってくれた。
「わあっ、おいしそう!」中谷がさっそくかぶりつく。
「ポークソテーか、こりゃあうまそうだ」桑田も大喜びだった。
「ありがとうございます、コック長。この次はお金を払ってフル・コースを食べさせてもらいに来ますよ」
ポークソテーを平らげると、わたし達はまた商店街をふらりと歩き出す。
いくらも経たないうちに、声がかかる。
「ぽっちゃん、志茂田のぼっちゃん」
わたし達が振り返ると、シマウマがウナギのようなものを焼いているのが目に入った。
「ああ、おやじさん。元気そうですね」志茂田が軽く会釈をする。
「ちょうどよかった。獲れたてのマムシが大量に入りましてね。もう少々お待ち下さいな。すぐに焼けますんで」するとあれはウナギではなく、マムシかあ。
シマウマは串に刺さったマムシを何度もひっくり返し、こんがりと焼き上げると、わたし達に配ってくれた。ちょっと抵抗があったが、一口囓ってみると、これがまた格別なうまさなのだった。
こんな具合に、あちこちの店でご相伴にあずかり、商店街を抜ける頃にはすっかりお腹いっぱいになっていた。預かってきたお金は、結局、一銭も使わずに済んでしまった。