ジグソー・パズルのデパート
今日は職場の棚卸しだった。ジグソー・パズルばかりを扱っているデパートだ。
「暗くなるまでに帰れっかなあ」桑田孝夫がふうっと溜め息をつく。
「そうですねえ――」志茂田ともるは周囲を見渡して、「ちょっと無理のようですね」
わたし達は5階のフロアを担当しているのだが、ここだけでも相当な商品が置かれていた。それをあっちへ動かしたり、こっちへ戻したりしながら、品物のチェックをしていくのだ。
全10階もあるのだから、なかなか仕事がはかどらない。
「むぅにぃはペット・コーナーを見てくれ。軽いものばかりだから、お前でも楽だろう」桑田はそう言ってくれた。
「了解、了解」わたしは嬉々として請け負った。
ペット・コーナーには昆虫をはじめ、爬虫類、鳥類、ほ乳類などの立体ジグソー・パズルが並べられている。しかも、ジグソーのピースがやたら細かく、目を近づけても本物そっくりに見えた。
志茂田に言わせれば、「これはもはや、分子レベルですよ」とのことだった。
わたしはケースに入れられた「ペット」達をカーゴに積み上げていき、フロアの隅っこへと移動していった。簡単にそう言うけれど、商品の数は何百にも及び、やってもやっても減っていかない。
「軽い分、回数が多いなぁ。明日になったら腰が痛くなるかも」わたしは内心、そう思った。
荷物を積んだカーゴを何度も往復させながら、わたしはせっせと働いた。この分だと、夜どころか深夜になってしまうかも知れない。
桑田達をちらっと見ると、2人して重い彫像のジグソー・パズルを運んでいるところだった。外側だけではなく、中身までぎっしりピースが詰まっているので大変そうである。
「あれと比べたら、まだ全然いいけどさぁ」と考え直す。
午前中、1回休憩を取り、買ってきた冷たい缶コーヒーを飲む。汗びっしょりだったので、とてもおいしかった。
「そっち、大変そうだね」わたしは桑田達に言った。
「まあな。でも、モノは少なめだからマシかな。志茂田もいるしな」と桑田。
「久しく運動らしいことなどしてませんので、全身、筋肉痛になること間違いなしですよ」志茂田も缶コーヒーをグビッと飲むと、そう答えた。
休み時間が終わり、お昼までまたせっせと働く。
「午後からバイトが手伝いに来るってよ」桑田が言った。
「やったぁ。これで少しはピッチが上がるね」わたしはホッとする。
「ですが、今日が初めてだそうですから、何をやらかすかわかりませんよ」そう心配するのは志茂田だった。
「単純作業だもん、すぐに慣れるんじゃない?」とわたしは楽観視すする。
果たして、午後からバイトが2人やって来た。
「水野です」
「大賀っす」2人は名乗った。
「実はぼく、水の精霊なんです」と水野。
「おい、よせって水野」大賀がそれを止める。「ぼくら同じ大学なんすけど、こいつってば、いつもそんなことばっか言ってるんすよ。気にしないでください」
わたしはちょっとだけ気になったが、聞かなかったことにして、自分達も自己紹介をする。
そのあと、簡単に仕事の内容を話し、さっそく働いてもらうことにした。
「ぼくら、ふだんは清掃の仕事ばかりやってるんすけど、こういう仕事も楽しそうすねえ」大賀は腕をブンブンと降りながら言う。
「じゃあ大賀、さっそく取りかかろうか」
2人は桑田と志茂田のほうを手伝うことにした。まずは力試しと言わんばかりに、ただでさえ重たそうなソファーの上へ、さらにタンスを載せて、いっせいのせで持ち上げる。
それを見て、桑田が慌てて駆け寄る。
「ばかっ、よせ。それじゃ重すぎて――」最後まで言い切らないうちに床がめりっと歪んで、そのまま抜けてしまった。
3人は下のフロアに転落し、その床もまた抜けて下へ下へと落ち、1回のフロアでようやく止まった。その上からピースがばらばらと降り積もる。
言い忘れていたが、このデパートは床も壁も、何から何までジグソー・パズルで出来ていたのだ。重すぎてピースが外れ、落ちてしまったというわけである。
「おーい、3人ともっ! 大丈夫ですかー」崩れたジグソーの縁から顔を覗かせ、志茂田が叫ぶ。
10メートル位下で、桑田が立ち上がる様子が見えた。
「ああ、なんとかな。床のピースがゴム製で助かったぜ」
水野と大賀も、ピースの山からもぞもぞと頭を出す。ソファーとタンスは、すでに形もなく崩れ果てていた。
「さっそくやっちゃったね」と水野が笑いながら立ち上がる。
「床にも大穴を空けちまったっす」そう言うと、2人とも何がおかしいのか、ゲラゲラと笑いはじめた。
「ばかたれが、笑い事じゃねえよ」桑田がプンプン怒っている。
志茂田の言った通り、やっぱりしでかしてくれた。床の穴もソファーやタンスも、自然に直るけれど、それなりには時間がかかる。まったく、余計な仕事を増やしてくれるなあ。
「タンスとソファーのピースを持って、早く上がってきなよーっ」わたしも1回にいる連中に声をかける。
「おーう、エレベーターにみんな積み込んで持っていくぜ」桑田がそれに答えた。
今度はエレベーターが落ちなければいいが、とわたしは心配になった。何しろ、そのエレベーターもジグソー・パズルなのだから。
幸い、エレベーターは無事、5回まで昇ってきた。相当丈夫に作られたジグソー・パズルらしい。
チーンと音がしてエレベーターが開くと、雪崩のようにどどっとピースがフロアにこぼれ落ちて辺り一面に広がる。
「いいか、水野に大賀。いっぺんに運ぼうとするな。ゆっくりでいいから、1個ずつ持ってこい。わかったな」そう説教する桑田。
いつもは志茂田にあれやこれやと注意される立場なだけに、妙におかしくてたまらなくなった。