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廃墟を探索する

 木田仁はいつも何かに凝っている。今回はモデルガンに夢中で、せっせと集めては眺めて楽しんでいた。

 眺めるだけではなく、標的に狙いを定めてパンパンと撃つ。エアガンなので、かなり威力があり、段ボールぐらい簡単に穴が空いてしまうほど。

 そんなもので撃たれたら、人間だって相当な痛手を負う。もっとも、温厚な木田は決して人を撃ったりはしないが。

 

 そんな木田なので、いつの間にか軍服やゴーグルまで揃え、暇さえあれば、同好会を結成し、近くの森や廃屋などでサバイバル・ゲームに興じるほどになっていた。


 木田はたいそう合理主義で、「科学で証明されていないものなど信じない」、そう口癖のように言っていた。

 超能力も空飛ぶ円盤も、彼に言わせれば、すべてトリックであり、見間違いなのだそうでだ。

 当然、幽霊など存在するはずもなく、ゆえに恐れる必要など、これっぽっちもないという。


 近所の廃屋には幽霊が出る、ともっぱらの評判だった。

 資材倉庫として使われていた場所で、わたしもたまに通りかかることがある。いつ見ても、薄気味の悪い場所で、さっさと取り壊してしまえばいいのに、と思っていた。

 穴の空いた天井からは光が漏れているが、それでも薄暗く、柱や積み上げられた資材などの物陰が多いので、何者かが潜んでいそうな、気味のわるい室内だった。

 噂では、その昔、倉庫係の数名が立て続けに幽霊を見た、とのこと。白っぽい服を着た女性が、棚と棚の間を、スッと横切るのだという。

 警備員までもが、深夜の巡回で遭遇したのだとか。こちらも白い服の女性だったが、赤い服の女の子が一緒だったという。


 木田は、

「しょせん、噂話だよ。幽霊なんているわけがないもの。騒ぎ立てるものだから、みんながそう思い込んでしまうんだ。パニックは伝染するからね」

「じゃあ、見間違だっていうの?」わたしは言った。

「そうだよ、むぅにぃ、決まってるって。なんなら、明日、退社後にみんなで行ってみない? 確かめに」


 翌日、わたし、木田、桑田の3人で、くだんの廃屋へと行ってみた。

「なあ、木田。なんでそんなものを持ってきたんだ?」桑田が尋ねた。 

 木田は、バッグからエアガンを取り出し、後ろポケットへ無造作にねじ込んでいるところだった。

「丸腰はまずいだろ?」

「えっ、なんで?」桑田は首をかしげた。「だってよ、お前。幽霊なんぞ、信じてないんだろ?」

 すると、ムキになって言い返す。

「万が一のことがあったら、どうするんだよ。自分の身は、自分で守らないとね」


「幽霊相手に拳銃はどうかと思うけどなぁ。そいつが、たとえ本物のワルサーPPKであったとしてもよ」型までわかるとは、さすがにサバイバル・ゲーム仲間の桑田だった。弾丸のように鋭い指摘である。

「もしかして、やっぱり幽霊とか信じちゃってるんだろ」桑田がからかうと、

「いや、そうじゃないけど、襲ってきたらまずいし……」

 この期におよんで腰が引けている木田が少し気の毒になってきたので、わたしは口添えをした。

「ほら、パニックの伝染ってやつだよ。あれは感染力が強いから。それに、お化け屋敷だって、機械仕掛けとわかっていても、怖いものは怖い。それと同じなんじゃないの?」


 木田は、救われた様子でわたしを見ました。

 1歩進み出ると、いきなり奥の暗がりに銃を向け、

「よーし、来るなら来いっ! 念仏を唱えたこのBB弾を、たっぷり味あわせてやるぞっ」

 そのときだった。積み上げられた段ボールの横を、何か白いものがスーッと通り抜けた。

「で、出たーっ、幽霊だ!」木田は気が狂ったように、エアガンをパンパン撃ちまくる。

「落ち着いて、落ち着いてったら、木田。あれはただの白猫じゃん」白猫はそっと物陰からこちらに顔を出し、ニャーンと鳴いた。

「なんだよ、木田。お前、言ってることと行動がまるで反対じゃねえか。まったくだらしねえなあ」桑田でさえあきれ果てている。


 わたし達は、さらに奥へと進んでいった。段ボールの梱包に使っていたらしい機械や、作りかけの人形のパーツなどが散乱している。

「ここって、なんの工場だったんだろうね」わたしは声を押し殺してつぶやく。

「おもちゃ工場だったらしいよ」落ち着きを取り戻した木田が答えた。

「めちゃくちゃだな。不良どもが入ってきてイタズラしていったんだろうな」と桑田。そんなわたし達も不埒な侵入者には違いなかったのだが。

 天井は高く、今にも落ちてきそうな鉄骨がぶら下がっているのが見えた。

 キャット・ウォークには窓が並んでいたが、そのほとんどが割れてしまっていた。

「ほらみろ。幽霊なんかいないだろ?」さっきの失態を、木田はもうとっくに忘れている。

「見えねえだけかもしれねえじゃねえか」桑田が反論した。

「見えないのはいないのと同じさ。銃などひつようなかったなあ」のんきな口調で木田が言う。


 けれど、わたしは何も言えずにいた。天井近くの窓に目が釘付けになっていたのだ。

 そこは地上3階はあろうかと思われる高さだったが、白い服を着た女性が、子供を抱いてこちらをじっと見つめていたのだった。

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