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千成モナカで一攫千金を狙う

 東京、大塚駅近くに「千成もなか本舗」という和菓子屋がある。

 和菓子の老舗で、一口サイズのヒョウタン型もなかを販売していた。カラフルで、見た目もかわいらしく、古くから人気のある店だ。

  「100個食べたら、賞金200万円」というイベントをやっていまる。

 

 桑田孝夫が、

「なあ、むぅにぃ。『千成もなか』に挑戦してみねえ? おれと、お前と、どっちが完食しても、賞金は山分けってことで」と持ちかけられた。

 わたしにとって、200万円といえば夢のような大金である。欲しいものすべてが手に入る、といっても言い過ぎではない。半分だとしても100万円。当面、お金には不自由しない。

 当然、その話に乗った。


 まずは情報を集めからだ。

 店の前こそよく通りはするものの、中へ入ったことがない。 

「よし、おれがちょっくら偵察してくる」桑田はいつも行動力があった。言うが早いか、すぐさま店の中へと消えていく。


 しばらくすると、引きつった笑いを浮かべて出てくるではないか。

 何があったのかと聞くと、

「あのな、競技に出すモナカって、普通に売ってるのとは違うんだってよ。あんなちっこいんじゃなくて」そう言って、両手の指で輪っかを作ってみせる。大判焼きほどあった。「こんなだぜ、こんな! これを100個だと。無理っ、絶対ありえねえって」

 菓子屋だからといって甘い話ではなかったか、2人ともがっかりして帰途についた。


「それにしても、でかいモナカだね。3っつも食べれば、胸焼けするよ」わたしは言った。

「ああ、そうだな」

「そもそも、そんなもの100個も食べられる人間がいるとは思えない。もし、いたとしたら、そいつは化け物だよね」

「まったくだ。その化け物の写真が3枚、額に掛けてあったよ」

「ええっ、完食した人いたのっ?!」わたしは驚き呆れた。

「うん、まるで力士みたいな、ものすごい形相してたぜ」

「ほんとうに相撲取りだったんじゃないの、それ」

「さあな。なんにしろ、われわれとはレベルがぜんぜん違う。一般人が挑もうなんざ、狂気の沙汰だぜ」

「夢だけは観させてもらったね」とわたし。

「いい夢だったぜ、まったくな」


 帰りの電車で揺られながら考えてみたが、たとえ小さいほうのもなかだったとしても、100個は無茶な話である。頑張っても30個くらいなら食べられそうだが、十中八、九、お腹を壊していたことだろう。悪くすれば、入院かもしれない。

 無謀にも挑んで、完食もならず、あげく、食べた分の代金+治療費まで払うハメになったら、本当にばかげている。


 それにしても、力士みたいな人たちって……。

 その夜、わたしは夢を観た。千成モナカを、まるで柿の種のようにばくばくと食べる赤オニ、青オニ、黒オニどもだった。鋭く尖ったキバをはやし、頭の毛はまるでタワシのようにごわごわ、もじゃもじゃと顔まで包んでいる。そのタワシからは、牛のように太い角が2本、ニョッキリと突き出ていた。

「もっともっとモナカを持ってこいっ! こんなもんちびちびと皿に出されたんじゃ、腹の虫がグーグー鳴いちまうぞ」オニの1人がそう叫ぶと、他のオニ達も調子にのってテーブルをバンバンと叩く。

「はいはい、ただいま」主人は恐縮しきって、大きなザルに大判焼きと見間違えるほどのモナカを山盛り運んできた。

 主人の顔は目に見えて真っ青だった。無理もない。連中がモナカを100個食べるのは明らかだったからだ。

 オニが1人100個食べきれば200万円。3人もいるのだから、600万円も払うハメになるのだ。

 わたしはそれを横目で見ながら、小さなヒョウタンモナカをつまんでいた。もう、5つくらい食べていたが、すでに飽きが来ていた。

「もっとだ、もっと!」青オニががなる。すでに100個は軽く超えていた。

「へい、しばしお待ちを……」蒼を通り越して、白い顔の主人。ああ、なんて憐れなんだろう、わたしは思った。


 たぶん、千個ずつくらいは食べたと思われるオニ達は、やっとのことで、

「ああ、食った食った。こんなうまいモナカなんぞ、久方ぶりのことよのう」と満足しきって、楊枝でキバの間を掃除している。

 一方で主人のほうは、通帳とハンコの用意をしていた。これから銀行へ行って、600万円を下ろしてこなくてはならないのだ。

 小声で、こんなことをつぶやいているのを聞いた。

「まいったなあ、こんなことなら食べ放題なんかやらなければよかったよ」

 600万円も払った上、特大モナカを計3千個も食べられては店もあがったりだろう。そもそも、そんなに食べる人間などいるはずもないという軽率な考えから出たことなのだ。気の毒ではあるけれど、自業自得である。

 せめて、写真でも撮ってやろうと、

「あのう……お客様。お一人ずつ、写真を撮らせていただきたいのですが」恐る恐る言うと、

「おう、いいとも。さあ、撮ってくれ」と機嫌良く言う。


 そのときに撮った写真が、現在店内に飾られているものなのだった。

 ただ、オニだと知られてはちょっと困るらしく、写真屋に頼んで角は消してもらった。

 これが「力士のような3人」の正体だった……。


 そんな夢である。けれど、もしかしたら本当のことかもしれない。何しろ、わたしの夢は良く当たると評判なのだから。

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