タイル剥がしの醍醐味
わたしは中学生だった。
同じ班だった桑田孝夫、木田仁らと廊下の掃除をしていた時のことである。
凝り性の木田が、清掃用具入れでトイレのスッポンを見つけ出したことから、事件は始まりまった。
「なあ、みてごらんよ。こいつ、面白いと思わないかい?」そう言って、廊下のど真ん中に、えいっと突き立てる。
「トイレのスッポンじゃねえか」桑田はつまらなそうに鼻を鳴らし、引き抜こうと踏ん張るのですが、ピッタリ吸いついて取れない。
「な、めちゃくちゃ強力だろ?」
「このーっ!」意地になって、さらに力を入れたところ、ベリッと音がして、なんとリノリウムのタイルごと剥がれてしまった。
「ありゃっ」わたしは思わず声を発しました。木田も、「あーあ、やっちゃった。おいら知らないっと」とはやしたてます。
「こんなに簡単に剥がれるとはなぁ……」スッポンの先に張りついたままのタイルを、桑田は困り顔で見つめまていた。
「でも、ほら、タイルをこう曲げれば取れそうだよ」わたしは、タイルの両端を持って、軽く歪めました。スッポンは、難なく外れた。それから、タイルを元あった場所にピタッとはめ込みる。「ほら、これで問題なし」
じっと見ていた木田は、
「おいらもやってみたい」と言い出しました。桑田からスッポンを取り上げると、別のタイルにキュッと押しつけて、ベリベリッとはがす。得意げにポーズをとると、タイルをスッポンから離し、床に戻すのだった。
やっとわたしにも面白味がわかってきた。
「ちょっと、やらせてもらおうかなぁ」気だからスッポンを受け取ると、タイルに吸いつけて、一気にはがしてみる。
確かに爽快だった。
もう、掃除などそっちのけ。人気のない廊下を、片っ端から剥がしては戻し、また剥がしては戻す、そんなことを繰り返す。
剥がすとき、まっすぐ引っぱっても力ばかり使って、なかなかうまくいかない。いくらか斜めに傾けると、気持ちよくペリッと取れるのだ。
気がつけば、2クラス分の「作業」を終えていた。
きっちりそろえて戻してあるので、いつもどおりの廊下である。わたし達は、満足しきって下校した。
翌朝、登校してびっくりした。わたしのクラスから隣のクラスにかけて、タイルがすっかりずれてバラバラになっている。崩れたジグソー・パズル、そっくりだった。
呆然と立ちすくんでいると、クラスに入ろうとやってくる生徒たちが、次々と足を滑らせていく。無理もない、タイルは、ただ並べて置いてあるだけなのだから。
(これは、とんでもないことをしでかしたぞ)遅まきながら、ことの重大さに気づく。
わたし達の仕業だとたちまちばれ、3人そろって職員室へ連れていかれたあげく、家にまで連絡がいってしまった。
放課後も遅くまで説教され、帰ったあとも親にこっぴどく叱られ、しょげきった1日となったのである。
翌日、タイルはすべて取り払われ、ザラザラした下地が丸出しにされていた。
1時間目の授業が始まると、業者がタイルを貼り直しにやって来た。
授業が終わって廊下に出てみると、一面きれいにタイルが貼られ、その上に木の板が渡してあった。接着剤が完全に乾く前に踏んでしまうと、せっかく貼ったタイルがずれてしまうからである。
木田はそれを眺めながら、
「でも、面白かったよな。ベリッと剥がれる瞬間がたまらないね。クセになりそうだよ」などと懲りていない。
桑田はそれをたしなめる。
「もうさんざん遊んだろ? 絶対にやめとけよ」
「うんうん、わかってるって。でも、1階のボイラー室の前、あそこは薄暗いし、人もあまり通らないから、1枚か2枚くらいなら――」
「木田っ!」わたしと桑田は、そろって声を上げた。
木田はしおしおと肩をすぼめ、口をつぐむのだった。