怒り心頭に発する
わたしは、カップ麺製造器のオペレーターを担当していた。
カップに機械が自動的に麺を入れていき、異物が混入していないかどうか、チェックしつつも、カップや麺の補給をするのだ。
一方で、畑にニンジンをせっせと植えていた。植えられたニンジンは、半年もすれば2つにも3つにも増えて、出荷時期を迎える。
2つの仕事を同時にこなすのはなかなかしんどい作業だった。この会社は、俗に言うブラック企業なのではないか、内心不満たらたらである。
ニンジンを10本ばかり植えたら、今度はカップ麺製造器の面倒を見なくてはならない。行ったり来たりで、ほとほと疲れる。
それでも、文句1ついわず、黙々と働いていた。
何しろ、人手が足りないのだ。求人を募っても、来たと思ったらすぐに辞めていってしまう。それだけ重労働なのである。
わたしがニンジンを植えていると、突然アラームが鳴った。カップ製麺機のトラブルだ。
急いで装置の方へ走っていくと、カップのストックがなくなっていて、麺ばかりがコンベアーに乗って、どんどん流れて行くではないか。
「大変っ、早く機械を止めなくっちゃ!」わたしはあわてて緊急停止ボタンを押した。
「どうしたの、むぅにぃさん?」同僚が駆けつけてきた。
「カップを切らしてしまって、麺ばかり流れちゃった。失敗したなあ」とわたし。
「ベルト・コンベアーの麺はもうダメだねえ、捨てちゃわないと。こんなところを係長に見つかったら大目玉だよ」
「うんうん、急いで証拠隠滅しなくちゃ」
ところが、そういうときに限って係長が見回りに来ている。わたしの担当している装置が止まっているので、つかつかとやって来た。
「どうしたね、むぅにぃ君。機械が止まっているじゃあないか」
「じつは、これこれしかじかでして……」わたしは正直に言った。
さらに、麺の入ったカップまでチェックを始めて、尖った口調でわたしを呼ぶ。
「ちょっと来たまえ、むぅにぃ君。なんだね、このカップ麺は?」
指差されたカップ麺をよく見ると、ゴキブリが入っていた。
「ゴキブリですね」恐る恐る、そう答える。
「ゴキブリですね、じゃないだろう、むぅにぃ君。これは大問題だぞ。食品に異物が混入していたら、我が社のイメージが大ダメージを受ける。わかってるんだろうね?」
もちろん、百も承知だった。かつて、某店のカップ焼きそばに虫が混入していてニュースにもなった。
「はあ、申し訳ありません」わたしは頭を下げるしかなかった。
「謝って済むことじゃない。ゴキブリだぞ、ゴキブリ! よく見ていないからこんなことになるんだっ」
「見ていないと言われましても、ニンジンを植えるのに忙しくて……」と弁解してみる。
「バカモノっ、ニンジンとカップ麺とどっちが大事だと思ってるんだ!」と係長の罵声が飛ぶ。
「もちろん、カップ麺も大切ですが、ニンジンも主力商品ですから、おろそかにはできません」そうわたしは切り返した。
「むぅにぃ君、君は上司に口答えするのかね。確かにニンジンは大事だ。だが、カップ麺も大事なんだ。ちゃんと両方見てなきゃだめじゃないか」
「そんなあ、両方なんていっぺんには無理ですよ。そもそも1人じゃきつすぎます。もう1人、誰か入れてください」わたしは食ってかかった。
「人が寄りつくような会社なら世話がない」係長は切り捨てるように言う。「うちはなあ、自慢じゃないがブラック企業なんだ。つべこべ言わずに言われた通りにすればいいんだ」
この言葉にわたしはとうとう切れてしまった。たまたま近くにあったピコピコハンマーで、係長の頭をピコンと叩く。係長は目を剥いて、思わず「ギャフン!」と叫ぶ。わたしはまた係長を叩く。またギャフンと叫ぶ。
それを10回ほど繰り返したところで、とうとう係長は、
「わかった、わかった。もう勘弁してくれっ」と泣き崩れた。わたしはハッと我に返り、自分が大それたことをしてしまったことに気付く。
しゃがみ込んですすり泣く係長の方をさすりながら、「すみませんでした、係長。ちょっとやり過ぎました」と謝った。
「いいよ、いいよ、むぅにぃ君。ぼくもちょっと言いすぎた。確かにニンジンは我が社の大事な商品だ。カップ麺と比較するなんて、どうかしていたよ」涙に濡れた顔を上げ、係長も詫びる。
やれやれ、今日は珍しくカアッとなってしまったなぁ、わたしは反省しつつ、またニンジンを植え、カップ製麺機を稼働させた。
翌朝、出社してみると、社訓の横に貼り紙がしてあった。
〔注意:むぅにぃ君にはピコピコハンマーを持たせてはいけません〕
わたしは人ごとのように、ああ、それは間違いないな、と思うのだった。