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幽霊退治屋

 とある一軒のお宅を訪ね、ピンポーンとチャイムを鳴らす。

「はーい、どなたですかー?」奧から声が返ってきた。

「幽霊退治屋の者です」わたしは名乗る。

「あら、早かったのね。30分前に電話したばかりなのにっ」奥さんは驚いたような顔でわたしを迎え入れてくれた。

「ええ、何しろ近所なもので」わたしはブーツを脱ぎながら、そう答える。「歩いて、ちょうど30分でした。こちらとしても出動が楽でけっこうでした」

 わたしは今、幽霊退治屋をしていた。Facebookに広告を載せてみたところ、けっこう依頼が来るのだった。


 今日は、たまたま同じ町内の依頼人である。勝手知ったる道を、テクテクと歩いてやって来た。

「電話でも話したんですけどねぇ、トイレに幽霊がいるらしいのよ」奥さんはそういって、わたしを現場に案内する。

「ふーむ、なるほど。いかにもでそうな雰囲気ですね」わたしは顎をさすりながら、もっともらしく言った。

「主人も子供も会社や学校に行っていて、誰もいないとわかっているのに、ふとトイレのドアをノックしてみたの。そうしたら、コンコンと返事が返ってくるじゃないですか。もう、びっくりしたのなんのって……」奥さんは興奮気味にまくし立てる。

「なんだって、誰もいないトイレをノックしたんですか?」不思議そうに聞くと、

「だって、誰か入っていたら困るじゃないの」

「実際、入っていたんですね?」

「ええ、思い切ってドアを開けてみたの。そうしたら、白い服に長い髪で前髪を隠した幽霊が、ボーッと立ってたのよ。慌ててドアを閉めたわ。それで、前にFacebookで見かけた「幽霊退治承ります」という広告を思い出し、むぅにぃさんのタイムラインを探し出して、電話したっていうわけ」


「わかりました。ちょっと、試してみていいですか?」わたしは聞いた。

「どうぞ、どうぞ」

 わたしは、トイレのドアをコン、コココンのコンと叩いてみた。驚いたことに、すぐさまコン、コココンのコンと返ってくる。

「よしっ、ドアを開けてみよう。万が一のことがあるかもしれないので、奥さんは下がっていてください」

「はい」

「たぶん、トイレの花子さんのイタズラでしょう。なぁに、著ちょいのちょい出追い払って見せますよ」

 わたしはトイレのノブを握ると、一気に開いた。奥さんの言った通り、そこには前髪を垂らした幽霊がフワフワ浮かんでいた。


「こらっ、トイレの花子さん! ここからすぐに退散するんだっ」わたしは怒鳴りつけた。

「ざ~ん~ね~ん~。あ~た~し~は~、ト~イ~レ~の~サ~ダ~コ~よ~~」

「そんなのどうだっていいよ」わたしはエプロンから裁ちバサミを取り出し、幽霊の前にかざして見せた。「これでお前を成仏させてやるっ!」

「きゃ~あ~~、そ~れ~は~た~い~ま~のハ~サ~ミ~~!」

「そう、その昔、宮本武蔵が使っていたという2つの刀から作った退魔のハサミだよ。さあ、覚悟するといい」言うが早いか、わたしはハサミでトイレの貞子さんを上から下までみじん切りにしてやった。キルは死から幽霊は煙になって、ついにはすっかり消えてしまった。

「ふふ、幽霊は紙みたいに薄っぺらだから楽に片付くよ」トイレから出ると、奥さんに報告する。「大丈夫、もう幽霊は完全消滅しましたから」

「まあ、ありがとう。これはへそくりのお金ですが、報酬には足りますか?」と奥さんが福澤諭吉を3枚も差し出す。

「ええ、ええ。十分です。では、これで失礼します」ペコリと頭を下げ、意気揚々と家を出た。

 この報酬で、商店街の金井精肉店に行こうっと。あそこのコロッケ、おいしいんだよね。


 部屋に戻り、コロッケを囓っていると、プルルルルーッと電話が鳴った。

「はい、こちら幽霊退治屋ですが」電話に出ると、切迫したような声が飛び出してきた。

「大変なんですっ、うちの工場に幽霊が出て困っています。なんとかなりませんか?」

「わかりました。そちらの住所をおっしゃってください。今から伺いますので」住所をメモに控えると、さっそく部屋を飛び出す。

「五反田かぁ。ちょっと遠いな」

 王子駅から京浜東北線に乗り、田端で山手線に乗り換え、ようやく五反田に着く。駅から15分も歩くと、そこが問題の工場だった。

「こんにちは、幽霊退治の者ですが」広い工場の入り口で呼ばわると、すぐに太った人物が駆けてきた。

「ああ、来てくれてよかった。わたしが工場長です。幽霊のやつめ、機械を勝手に動かしたり、故障させたりしおるのですわ。おかげで、従業員が数名ケガをしましてな。ほとほと困り果てておりましたところで」

「まかせてください。すぐに退治してご覧に入れます」 わたしは胸を叩いてそう宣言した。


 さて、悪さをする幽霊はどこかな、と見回すと、巨大なプレス機のそばで愉快そうに工員を見下ろしていた。プレスの中の掃除をしている彼を、ぺっちゃんこにしてやろうという魂胆らしい。

「そうはさせないよっ!」わたしは幽霊に向かって叫んだ。幽霊は振り返り、

「なんだ、てめえは。おれ様の楽しみを邪魔する気かっ」

「何が楽しみだよ、この悪霊めっ。この退魔のハサミで切り刻んでやる!」わたしはハサミを高々と掲げた。

「なんだ、ただのハサミじゃねえか。それでおれ様をどうするって?」幽霊はニヤリと笑い、わたし目がけて襲いかかってきた。わたしは素早く身をかわし、ハサミでバラバラにしてやった。

「どう? 武蔵の刀を打ち直したこのハサミの威力は」悪霊はシュレッダーの屑のように山となっている。わたしは勝ち誇ったつもりになって、ハサミをエプロンに納める。


 ところがどうしたことか、シュレッダーの屑がもぞもぞと動き出し、あっと言う間に元通りの姿へと戻ってしまった。

「それで終わりか?」悪霊は皮肉な笑いを込めて言い放つ。

「そんな、まさか? だって、退魔のハサミだよ。武蔵の刀なんだってばっ」わたしは青くなった。

「ならば、今度はこっちから行くぞっ」悪霊が迫ってきた。これはまずいと思い、慌てて逃げ出すわたし。

 けれど、悪霊はどこまでも、どこまでも追ってくる。いつの間にか五反田を過ぎ、目黒、恵比寿へと来ていた。

 そのとき、曲がり角で白装束の人物と正面衝突しそうになった。よく見れば、それは友人の木田仁だった。

「あ、木田。何、その格好」思わず聞く。

「ああ、むぅにぃじゃないか。最近さ、おいら陰陽師に凝っててね」そう言えば、この人はいつも何かに凝っていたな、と思い返す。「で、むぅにぃこそどうしたんだい、そんなに慌てて」


 わたしは後ろを振り返りながら、

「あれ、あいつだよ。悪霊が逆恨みで追ってくるんだってば」

「なんだ、あの程度のヤツか。見ててごらん、おいらが追っ払ってやるからさ」そう言うと、両の手を複雑に絡めて、

「払いたまえ、清めたまえ、何時の帰る場所へと戻りたまえ、救急如律令!」悪霊に向かって五芒星を描いてみせる。

 悪霊が木田に気付いたときには手遅れだった。

「な、なにいっ。陰陽師だと? そんなの聞いちゃいねえぞっ」そうわめいて、みるみる薄くなり、ついには消えてしまった。

「ああ、助かったよ、木田。ありがとうっ」わたしは頭を下げた。

「生兵法はケガのもとって言うだろ? 今度からは気をつけるんだぜ」

 そのあと、わたしは木田と工場へ戻り、報酬10万円をもらい、そのお金で一緒にラーメン屋に入るのだった。

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