タコ足がはやる
昨今の再生医療は大したもので、幹細胞から人体の欠損した部分をあっと言う間に作り出してしまう。
最初のうちこそ、指1本数百万円とかかっていたが、次第に普及してきたこと、保険がきくようになったことから、数百円という値段にまで下がった。
これまで身障者と呼ばれていた人々も、手や足などを再生してもらい、五体満足となり、日本国中からほぼ欠損者はなくなった。
そんななか、人気グループスマッペが、元ある足に加え、プラス6本、計8本の足をつけてテレビに登場したものだから、熱狂的なファンもこれに倣い、8本足に改造したのだった。
通称「タコ足ルック」と呼ばれ、ファンばかりでなく、一般にも広がっていった。
1セット右左足で1万円、6本セットになると3万円という低価格も手伝い、今や国民のほぼ8割がタコ足ルックとなっているほどだ。
もちろん、わたしも桑田孝夫もタコ足ルックだ。
「今、すごく流行ってるでしょ。だから、2週間待ちだったよ」わたしが言うと、桑田は鼻をフンと鳴らし、
「おれなんか1ヶ月待ちだったぞ。デニムも全部買い換えて、タコ足ルック用のを買わなくちゃならなかったし、けっこう出費がかさんだんだ」
それは誰もが同じで、洋品店にはこれまでの2本出しボトムがほとんどなくなり、店頭にはタコ足ルックのものばかりが並ぶようになった。
わたし達は街を歩きながら、タコ足ルックとそのファッションを観察した。
「スカートは普通なのな」桑田が1人の女性をあごで差す。普通と言っても、これまで持っていたものを仕立て直したもので、両脇にちゃんと穴が空いており、そこから足が伸びていた。
「そりゃあ、買い換えるより安いもん。それに、今までのスカートがもったいないじゃん」
歩き方も、人それぞれだった。ムカデのように波打たせて歩く人、左右4本の足を同時に出し、それから中の4本を出す人、順番に関係なく足を出す人……。
わたしは右から順に足を出して歩くタイプだった。桑田は偶数足、奇数足を交互に出して歩いていた。
ふと、桑田が立ち止まる。すべての足が、ザッザッと停止した。
「おい、見ろよむぅにぃ。あの人の足の付け方、すごくねえ?」
言われた人を見ると、多くの人がそうしているように並列な付き方ではなく、それこそ本物のタコのように、腰回りにぐるりと足が着いているのだった。
「あれじゃ、歩くの大変そうだね。それに、トイレはどうするんだろ」
「なあ。おれもそう思ったわ」
それにしても、ただでさえ人通りの多い雑踏が、増えた足の分だけ足音が多くなり、まるで右往左往する軍靴のように響く。
「でもさ、これがただのはやりだったらやだよね。生やすのは簡単だけど、切り取るとなったら痛いに決まってるしさあ」
「痛いぞおー、絶対。何しろ、ノコギリで切るんだからな」それを聞いて、わたしはゾッとした。「ギーコ、ギーコ、はい、1本終わり。あと5本切らなくてはね――」
「ちょっと、やめてよね。想像しちゃったじゃん」
「はは、わりいわりい。実際にはちゃんと麻酔をかけるから大丈夫だろ。それに、タコ足ルックが廃るとも思えないしな」
だといいんだけど……。
「あの人見て。さっきの人より、もっとすごいよ!」わたしは思わず指を指してしまった。
「どれどれ?」桑田が人混みの中、わたしの指差すほうを探す。「おわっ、ありゃなんだ。まるで妖怪じゃねえか」かく言うわたし達だって、全世代の人から見れば、十分に妖怪なのだが。
それはそうと、その人はタコ足どころではなかった。脇腹から肩、頭のてっぺんにまで足が着いている。
一見、高そうなスーツを着た中年男性なのだが、とにかく足の数がすごいのだ。ひい、ふう、みい……全部で20本も付けている。その足のすべてには、白いエナメルの靴を履いていた。
「まあ、金持ちの道楽といったところだろうな」桑田がいくぶんの軽蔑を含んだ言い方をする。
「どうやって歩くんだろう?」感じは水車のようにも、足だけの千手観音のようにも見えた。
「少なくとも、今は2本足で立っているよな。ちょっと様子を見てみようぜ」
「うん」
しばらくすると、男は腕時計をちらっと見、あきらめたように首を振る。
「誰かと待ち合わせをしているんだね」
「ああ、そんでもって、待ちぼうけを食らっちまったんだな」
やがて男はポケットに手を突っこむと、横を向いた。
「あ、歩き出すよっ」
「おう」
男はグラリと体を傾けると、そのままゴロゴロと転がっていった。
「すごいっ、あんなふうに移動するんだ。まるで、妖怪輪入道みたい」
「面白いものを見せてもらったな。やっぱ、世の中は広いぜ」
わたし達は再び歩き出した。いや、歩き出そうとした。けれど、今の光景に心を奪われていたせいか、どの足を先に出すのか忘れてしまい、一番右端の足が絡まる。
すると、次の足も、さらに次の足も連鎖的にもつれ、結局どてんと転けてしまた。
「あいたたた……」
「おい、だいじょうぶかむぅにぃ。手を貸してやるから立て」わたしは桑田に助けられ、立ち上がった。
「今日はキュロットだったから、全部の膝小僧をすりむいちゃったよ。以前だったら、2本足だけで済んだのに、4倍痛い」膝をなでながらわたしは嘆く。
「お前、おでこにももう1本、足を付けてもらったほうがいいな。転んでも踏ん張れるようによ」
そう桑田は呆れたように言うのだった。