砂町公園
大雨が降り続き、3日目の昼前にピタリとやんで、お日様がカラッと顔を出した。
やっと晴れたか、と思った矢先、携帯に着信があった。
「もしもし、むぅにぃ君?」幼なじみの志茂田ともるからだ。「今日、これから砂町公園へ行ってみませんか」
「砂町公園って?」
「バスで30分ほど行った隣町ですよ。大雨の降ったあとなので、きっと面白いものが見られますよ」
面白いものかぁ。それだったら行ってもいいかな。
「うん、行く。どこで待ち合わせすればいい?」
「昭和町のホームセンター前のバス停です。そこから砂町行きが出ていますからね。あ、それからビーチ・サンダルできてください。そのほうが都合がいいですから」
わたしはタンクトップの上に夏物のカーディガンをはおると、ビーチ・サンダルを履いてバス停までペッタン、ペッタンと歩いていった。
バス停ではすでに志茂田が待っていて、わたしを見つけると軽く手をあげてあいさつをする。
「あと5分くらいでバスが来ますよ。ちょうどいいタイミングでしたね」そう言った志茂田も、ビーチ・サンダルを履いていた。
ちょっと雑談をしていると、すぐにバスがやって来た。わたし達はそれぞれ210円を払って乗り込む。
「砂町って初めて行くけど、どんなところなの?」わたしは聞いた。
「まあ、砂町と言うくらいですからね。砂っぽいところですよ、むぅにぃ君」それが志茂田の答えだった。
バスの中は案外空いていた。わたしと志茂田は後部座席に座った。車窓から外を眺めていると、初めのうち歩き慣れた通りだったが、次第に見知らぬ景色へと変わっていった。
「そろそろ着きますよ、むぅにぃ君」と志茂田が促す。
「ボタンを押すまでもなく、終点だね」わたしは、ボタンを押しかけた指を途中で止めた。
ほどなくして、運転士が「まもなく、終点の砂町~、砂町~」とアナウンスを流す。プシューとブレーキの音がして、バスは停車した。
乗客数名とわたし達は、ぞろぞろとバスを降りていく。1歩踏み出すと、アスファルトの上には白い砂がかぶっている。まるで、海の近くにでも来た気がした。
「ここからちょっと歩きます」と志茂田。「それはそうと、お腹が空きませんか? お昼をちょっと過ぎてしまいましたが、そこのコンビニでお弁当でも買っていきましょう」
「うん、もうお腹ぺこぺこ」わたしはお腹をさすりながら言った。
コンビニで、志茂田は生姜焼き弁当とお茶のペットボトル、わたしはカルボナーラと缶コーヒーを買う。それぞれビニール袋をさげながら、志茂田に案内されつつ、砂町公園へと向かう。
歩き出して5、6分で、「砂町公園」と書かれた看板を見つける。
「ここですよ、むぅにぃ君。さあ、入りましょう」志茂田が看板の下をくぐっていく。わたしもそのあとに続いた。
中に入ってびっくりする。公園は公園だが、何もかも砂でできているのだ。ゾウのすべり台もブランコも、シーソーも鉄棒も、それこそすべてが!
中でも圧巻なのが、公園の中央にでんとそびえる、大人の背丈ほどの城だった。細かい部分まできちんと作ってあり、まるで本物のように見えた。
「これって、全部砂なの?」今さらのように尋ねるわたし。
「そうですよ、むぅにぃ君。大雨が続いたあとは、ただの砂場がこうなるのです」
見渡すと、親子連れが大勢遊びに来ていて、それぞれブランコに乗ったりすべり台を滑ったりしていた。
「あれって、崩れちゃったりしないの?」
「ええ、セメントのようにカチカチですからね。ブランコのチェーンなど、鉄のように固いですよ」
「誰が作ったんだろう。きっと職人なんだろうけど、それにしてもすごいなぁ」
「いえ、自然に出来上がるのですよ。まあ、不思議ではありますがね」なんのことはないように志茂田が答える。
「自然に? それほんと?」わたしにはとても信じられなかった。
「本当ですとも、むぅにぃ君。時として、自然は人間の理解を超える現象を引き起こすものなのです」
わたし達は、キノコの形を模したテーブルとイスを陣取り、さっき温めてもらったばかりのお弁当を取り出した。
「さあ、いただきましょう」
テーブルは見た目は砂細工だが、すべすべとして滑らかだった。
「それにしても、やっぱりすごい。とても砂でできているとは思えないよ」わたしは率直に感想を述べた。
「楽しんでもらえたようで、わたしもうれしく思いますよ、むぅにぃ君。あなたを連れてきた甲斐があったというものです」志茂田はニコニコしながらそう言うのだった。
公園の隅には巨大な砂時計がおいてあった。ガラスのない砂時計だ。逆三角形の砂がひとりでにこぼれていき、なくなると、くるりと回転してまた逆三角形に戻る。土台には文字盤が、描かれていて、今が何時かを指していた。
お弁当を食べ終わり、志茂田と雑談をする。
「ここに桑田を連れてきたら、『ガキどもがうるせえなあ』とか言うんだろうね」
「それはありそうですね。彼は子供が嫌いですからね」
「中谷だったら、絶対に子供達と一緒になって、すべり台やブランコに乗るだろうなぁ」
「ええ、きっとそうするでしょうね」そう言って互いに笑い合った。
宇宙の始まりについてとか、世の中は物質ではなく概念で作られているのだとか、そんな話をしていると、砂時計からボーンと音がした。
「おや、もう4時近くですか。そろそろ公園を出ましょう」志茂田が立ち上がる。さっきまであんなにたくさんいた親子連れも、続々と去って行く。
「何かあるの?」わたしも立ち上がる。
「公園の外に出て、どうなるか見ていてご覧なさい、むぅにぃ君」
志茂田がそう言うので、わたし達は公園を出て門の向こう側に立つ。
公園のそこら中からサラサラという音がし始め、ブランコもすべり台もボロボロと崩れ始めた。
「あ、公園が消えていく」思わず声に出る。
「そうです、4時になるとすべてが再び砂に返るのです」
一番最後に、あの大きな城が土台から崩れ落ちていった。なんだかとても惜しい気がする。
「まさに砂上の楼閣、と言ったところですね」
志茂田はしみじみとそう言うのだった。