外国からの訪問者
「どうも、ごちそうさま」牛丼屋を出ながら、わたしは言った。
「いえいえ、こんなものでよかったら安いものです」と志茂田ともるが答える。
わたしは牛丼が好きで、けれど1人ではなかなか店に入る勇気がない。そこで、同じく牛丼好きの志茂田が誘ってくれるのだ。おまけにいつも奢ってくれるのでうれしさ倍増である。
腹ごなしにそこいらを散歩していると、2人の外国人がキョロキョロしながらやって来るのが見えた。
「あの人達、道に迷ったのかな」わたしは気の毒そうにつぶやく。
「どうやら、何か探しているようですね」
「見た感じ、アメリカ人じゃなさそう」見たままを言う。アメリカ人特有の開放感が感じられなかったからだ。
「わたしはドイツ人と見ましたね。ゲルマン民族特有の顔立ちですから」
「なら、志茂田が道案内してあげれば? ドイツ語できたでしょ」わたしは提案した。
「いいでしょう。すぐ近くなら、連れて行ってもあげられますしね」さっそく志茂田は2人に近づき、ドイツ語で何か話す。
「オーッ、ナンテ、シンセツナヒトデショウ!」驚いたことに、日本語を話すことができた。これなら話が早い。
「あなた方はどこの国からいらしたのですか?」志茂田が尋ねる。
「ワターシ、フランストドイツノアイダニアルチイサナクニ、スッテンテンキョウワコクカラキマシタネ。ワタシノナマエハ、フンバルト・ブットデルイイマース」背の高いほうが答えた。一瞬、志茂田が額に小さなしわを寄せるのを、わたしは見逃さなかった。わたし自身、思わずプッと吹き出しそうになった。
世界にはヘンテコな名前があるものだ。
「ワターシノナマエハ、ヒネルト・ジャーイイマース」太ったほうが続けて名乗る。まるで蛇口だ、とわたしは内心思った。
「それで、あなたたちはどこへ行きたいのですか?」志茂田が聞く。
「ワターシタチ、ニッポンノセントウトイウトコロヲサガシテイマース」
「ああ、銭湯か」とわたし。そう言えば、すぐ近くにあったっけ。「フンバルト・ヘーデルさん、ヒネルト・ジャーさん、それならそこの角を右に曲がってすぐですよ」
「ノンノン、ワターシ、ヘーデルデハナイデース。ブットデルデース。マチガエナイデクダサーイ」そう訂正されてしまう。どちらも同じようなものだろうに、と思う。
「トニカーク、アリガトーゴゼーマシタ」2人はそう言うと、わたしの案内したほうへと歩いていこうとした。
「もしもし、日本の銭湯は、裸になってはいるんですよ。あと、中で洗濯は禁止ですからね」志茂田が後ろから声をかける。
2人は同時に振り返り、
「モチローン、ワカッテマース。フロハハダカデハイルモノデスネー。ソンナノハ、セカイノジョーシキデース」言い返されてしまう。
「いいことをしたね、志茂田」
「そうですとも、むぅにぃ君。外国からのお客さんには親切にしなくてはなりません」
「それにしても、スッテンテン共和国なんて初めて聞いた」
「わたしもです。いかにも貧乏そうな名前ですねえ」
「うちに帰ったら、世界地図で調べてみよう。確か、フランスとドイツの間にあるって言ってたよね」
「ええ、そうですね。小さすぎて載っていないかもしれませんよ。それとも、最近できた国なんでしょうか」
そのあと、わたし達は喫茶店に入った。
「こう暑いと、ひからびちゃうね」というわけで、アイス・コーヒーを2つ頼む。
「わたしは汗っかきなので、こまめに水分補給をしなくてはなりません。いやあ、それにしても中は涼しくて気持ちがいいですね、むぅにぃ君」
1時間ほど雑談をした後、わたし達は店を出た。
近くの空き地を通りかかると、外国人が2人、立ちすくんで何やら悩んでいるらしかった。
「あれって、さっきの人じゃない?」
「間違いありません。フンバルト・ブットデルさんとヒネルト・ジャーさんですね」
「志茂田、さっきブットデルって名前聞いたとき、笑いそうになったでしょ?」
「ええ、実はそうなんです。こらえるのに必死でしたよ」
「今度は何で困ってるんだろう。行ってみようか」
「そうですね。何かの役に立つかもしれません」
近づいてみると、2人は花火の詰まったビニール袋を見つめて、聞いたことのない言葉で何やら話していた。
「今度はどうしたのですか?」志茂田が聞く。
「オーッ、サッキノシンセツナカタタチデスネー。ジツハ、ソコクノハナビヲウチアゲヨウトシマシタガ、カンジンノモノガナイノデース」ブットデルが打ち明けた。
「ああ、ライターだよ、きっと」花火に火種は必需品だ。
「ノンノン、コノハナビハヒヲツカイマセンネー。コオリデヒヲツケルンデース」
「氷、ですか?」怪訝そうに花火を見下ろす志茂田。
「それにしても、昼日中から花火なんて、変なの」思わず口にする。
「ソコクデーハ、アカルイウチニハナビヲシマスネー」
「まあ、氷ならコンビニで売ってますからね。ちょっと行って買ってきてあげましょう」親切な志茂田は近くのコンビニで氷を買ってきた。
「アリガートウゴーザイマース。コレデハナビガデキマスネー」ジャーが頭を下げる。
さっそく、ロケット花火の導火線に火を、いや氷をつける。たちまち火花が散って、ロケットが打ち出された。それは晴天の空を飛んでいき、パンッと弾ける。
なんと、真っ黒い影のような花火だった。
「ああ、だから昼間にやるのか」わたしは納得した。「きれいだけど、なんか不気味だなあ」
「まあ、スッテンテン共和国ではこれが当たり前なんでしょうね」志茂田がそう結んだ。