コンポが届く
通販で買ったコンポが今日届いた。ブルーレイも観られるし、カラオケだってできちゃう。
さっそく、レイアウトを決め、部屋に並べてみる。あとは接続だけだ。
「マニュアルを読まなくちゃね」分厚い取扱説明書をパラパラッとめくって、放り投げた。「こんなのいちいち読んでらんないよ」
わたしはマニュアルを読むのが大嫌いなのだ。代わりにスマホをひっつかんで、桑田孝夫に電話をする。
「もしもし、桑田? コンポ買ったんだけど、接続がよくわからなくってさあ。代わりにやってもらえない?」
「なんだ、お前。そんなこともできないのか。マニュアル、ちゃんと読んだか?」
「さらっとね。でも、配線ってけっこう複雑じゃん。やってよ、お願い」
「わかった。これから行くよ。そんなもん、ちょいちょいっとやってやらあ」
近所というものはこういう時に助かる。ものの10分もしないうちに、玄関でピンポーンという音が聞こえた。
わたしは急いで玄関に行き、のぞき穴から桑田だということを確かめ、中へ招き入れた。
「早かったじゃん」
「別に。普通に歩いてきただけだぞ」桑田はそう言うと、ずかずかと上がってきた。幼なじみなので、わたしもまったく気にしない。
「これこれ、このコンポ。カラオケも歌えるようにマイクも付いてるんだよね」
「なかなかいいじゃねえか。じゃ、さっそくつなげちまうか」さっきの言葉通り、ちょいちょいと作業し、「ほら、終わったぞ。な、簡単だろ。むぅにぃ、お前もちょっとはマニュアルに目を通せよな」
さっそく、CDをかけてみることにした。曲はドビュッシーの雨の庭。
「クラシックかあ。おれ、あまり知らねえんだよな」ちょっと渋い顔をする桑田。
曲が始まると、なんだか公園の草いきれと地面から立ちのぼる濡れた土の匂いが漂ってきた。
「この匂いって、気のせい?」わたしは聞いた。
「いや、確かに臭ってるな。スピーカーから出ているみたいだぞ。しかも、ステレオで。まるで、その場にいるような気がしてきた」
不思議なコンポだった。音ばかりか、匂いまで再現してくれるとは。
「次はカラオケでもやってみようか?」わたしは提案した。箱からマイクを取り出すと、入力端子に差し込む。
「じゃあ、お前から歌えよ。お前、歌が得意なんだろ?」それほどでもなかったが、まんざらでもない気分だった。
「なんにしようかな。カラオケ用のDVDがないから、知ってる歌詞の歌でいい?」
「なんだっていいよ」
そこでわたしは、ロシア民謡のスズランを歌うことにした。歌っていると、またしても匂いがスピーカーから洩れてきた。スズランの甘い香りだ。
「いい匂いっ」歌い終わって、わたしは言った。
「うん、スズランってこんな匂いがするんだなあ」桑田もうっとりしたように鼻をくんくん鳴らす。もっとも、わたしのアカペラは自分で言うのもおかしいけれど、あまりうまいとは言えなかった。
「エコーかけてみ。うまく聞こえるから」そう桑田が言うので、ボリュームの隣にあるつまみを半分くらいまで捻ってみた。
「試しにチューリップの歌を唄ってみるね」わたしは歌い出した。さっきとはうって変わって、まるで本物の歌手にでもなったかのように声に艶と深みが出る。お風呂で歌うと上手に聞こえるのと同じ原理だ。
「ああ、こいつは確かにチューリップの香りだ。前に嗅いだことがあるんだ」と桑田。
「今度は桑田が歌ってみてよ」わたしは頼んだ。
「おれ、歌詞がないと歌えねえんだよなあ……」
「いいじゃん、適当に歌詞なんかつけちゃえば」と背中を押す。
「それもそうだな。じゃあ、景気づけに行進曲でも歌うか」マイクを手渡すと、一呼吸し、いきなりスーザのワシントン・ポストを歌い出した。
部屋中に金管楽器の、ちょっぴり錆臭い臭いが漂い始める。これも趣があっていいな、とわたしは思った。
ところが、サビり部分に入ったとたん、わたしの心の中に燕尾服を着込んだ奏者達の姿が浮かんできた。彼らはいきなり後ろを向き、わたし達に向かってお尻を突き出した。
たちまち部屋中が黄色い霧に包まれ、とんでもない悪臭が立ち込める。
「うわっ、臭っ! 窓開けよう、まど!」わたしは窓に駆け寄ると、思いっきり全開にした。
「くっせーなー。なんだよ、もう!」桑田も鼻をつまんでしかめっ面である。
「桑田の歌と声、おならにそっくりなんだよ、きっと」わたしは文句を言った。
「うるせえっ。だから言ったろ。おれは歌が苦手なんだってよ」
以来、部屋でカラオケ大会をすることがあっても、桑田にだけは決して歌わせないことになったのだった。