インドに富士山
ある日、富士山が小さな噴火をした。中から飛び出してきたのは、家ほどもある卵そっくりの白い石だった。
白い石はゴロゴロと転がって裾の方までやって来た。
「なんじゃ、なんじゃ!」ちょうどジャガイモを掘っていた源兵衛さんの畑に止まり、そのまま動かなくなる。
源兵衛さんがくわでつついても、蹴っ飛ばしても、やはりそれは石に違いなかった。
そのうち騒ぎになり、とうとう火山学者と地質学者までやって来た。
「ふむ、これは富士山の卵に違いない」2人の意見は一致した。「こんなことがよその国に知れたら大変なことになる。なにしろ、卵を産む火山など、これまで見たことも聞いたこともないのだからな」
しかし、噂というものはあっと言う間に広がってしまうものである。たちまち世界中の話題となり、外国からの見物者がわんさかと見にやってきた。
見に来ただけならまだいいが、「富士山は日本にすでに1つあるのだから、自分達の国にも譲るべきだ」と言い出す始末。
ついには国際会議となり、日本はあっさりと所有権を奪われてしまった。
問題は、どこの国がそれを手に入れるかにある。
「やっぱり、富士山はアメリカに似合う。ぜひアメリカにっ」
「いや、ロシアの雪景色こそ、富士山ならではだ」
そんなことを互いの国が言い合い、少しも会議が進まない。
かくなる上はクジ引きで決めようということになり、日本を除いたそれぞれの首長がクジ箱に手を突っこんでいく。
結局、インドが勝ちを引いた。
「やったー、やったー。我が国にも富士山ができるぞ!」
ところが、いざ卵を埋めようとするも、これと行った場所が思い当たらない。都市の近くは人口密度が高すぎてだめだし、ほかも景観が今ひとつだった。
そこへ賢者がやって来て、こう言う。
「なに、簡単なことじゃ。パキスタンとの国境近くに埋めればいい」昔からインドとはパキスタンは仲が悪かった。その国境に富士山がでんとかまえれば、互いに相手の国を見なくては済むではないか。
この案は満場一致で採決され、さっそく国境近くに富士山の卵が埋められた。
ところがこの時、大きな地震が起こり、富士山の卵がゴロン、ごろんと転がっていってしまった。
そこはインドとパキスタンのちょうど中間だった。
インド人が大慌てで引き戻そうとすると、いいものがやって来たとばかりにパキスタン人がこれを反対から引っ張る。
そんなことをやっているうちに、富士山の卵に亀裂が入り、噴火が始まった。
「逃げろっ! 富士山ができるぞー!」人々は慌てふためいて、それぞれの国へと逃げ帰った。
富士山の卵は驚くべき早さでふくれあがり、1時間と立たないうちに本物の富士山とも見劣りしないほど立派な山へと成長した。
しかしながら、そこはちょうどインドとパキスタンとの中間地点。
「うちの卵が転がっていったのだから、あれはうちの富士山だ」とインドが言えば、
「いや、国境からはみ出している以上、半分はうちのものだ」とパキスタンが言い返す。
そうはいっても、いまさらどかすわけにも行かず、この言い合いはいつまでも続くのだった。
愉快なのは、インドもパキスタンも、それぞれの側から見た富士山を「表富士」などと呼ぶものだから、外国からやって来た観光客が混乱してどっちが本当の「表富士」なのだろう、と疑問符を浮かべることだった。
そうした様子は、本家日本でもありがちなので、日本人は壮大な皮肉を言われたような気がして、あまりいい気持ちではなかった。
どちらの国にしても、それ以来のことだ。カレーの皿に富士山の絵が描かれるようになったのは。
「富士山が描いてないと、カレーって気がしないよな」インド人もパキスタン人もそんなことを言い合いながら、富士山を挟んでうまそうにカレーを食べるのだった。